有限会社 三九出版 - 《自由広場》          パ ン


















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《自由広場》               パ ン
                   橋本 克紘(神奈川県大和市

 1987年9月は忙しかった。パスポートを見ると,ロンドンに本拠を置く国際水質汚濁研究協会(IAWPRC,IWAの前身)の設立25年を記念した国際会議がニースで開催され,その会議で研究発表するため9月4日に成田を発ち,9月14日に帰国している。次いで中国陝西省環境科学工程院の招請で9月21日から10月1日まで中国に出張している。中国では西安冶金建筑学院(現西安建築科技大学)で水処理技術の研究開発について講演したのをはじめ,北京,天津,上海の自来水公司(水道局)や設計院(設計コンサルタント)を訪れた。
 パリやニースでは路上の自動車に艶がなかった。縦列駐車から抜け出すのに前後の車を自分の車で押して必要な車間をこじ開けている光景を至る所で目にした。如何にも自動車が生活に密着している風だった。日本ではピカピカだった。中国では自転車がピカピカだった。24年経った今はどのように変化しているだろうか。
 フランスでは言葉遣いの巧みさが窺われた。円柱状のターミナルビルなど前衛的な建造物が特徴的なシャルル・ド・ゴール空港に到着すると,最初にホテル・サンジャックに電話した。日本から先に渡仏していた方と合流するためである。ホテル・サンジャックの交換手が心憎い。「ミスター・○○に繋いで下さい」と言う私の頼みに,「そんなミスターはいません」と答える。「それは間違いです。泊まっている筈です」と返すと「彼は何時も“ウー”としか言いません。だから“ウーマン”です」とやられた。「そのウーマンに繋いで下さい」とお願いしてようやく本人と話すことができた。
オペラ座の傍に大きなデパート,ギャラリー・ラファイエットがある。当時はルノー公団総裁がテロ組織に暗殺されてから間がなく,ギャラリー・ラファイエットの入り口で持ち物検査を受けた。英語が通じる1階でワイフにバッグを求めた。妙齢な美人の店員がバッグを携えて颯爽と歩いて見せてくれた。どれにするか直ぐに決まった。ワイフの足の長さを忘れてしまっていたからである。彼女に何処から来たのか訊ねられ,ニースからと答えたところ,“It’s nice.”と返された。ニースもナイスも同じスペルである。
 1996年秋,国際吸着学会が南紀白浜(白浜町)で開催された。イクスカーションは国際吸着学会に相応しく高い吸着能を有する日本古来の活性炭,木炭の製造現場の見学で,隣町の田辺市に炭焼き小屋を訪ねた。貸切バスで移動したが,私の隣にフランス人教授夫人が着席した。彼女から豊臣秀吉について質問されたがまともに答えられず,冷や汗をかいた。教授夫人の方が日本人の私より遥かに知識が豊富だった。フランス人が日本の偉人に真っ先に挙げるのは豊臣秀吉のようである。平民出身という点ではナポレオンにも通じるからではないかと思う。
 到着した炭焼き小屋では窯出しの最中だった。出来上がったばかりの炭の表面から白い灰が剥がれ盛んに風に舞った。私は外国人に場を譲り風下に立っていたので時折白い灰に見舞われた。ある教授がそれを見て,「橋本さん,そんなところにいると白人になってしまいますよ」と注意して下さった。「いえ,もう灰人(廃人)になってしまっています」とお気遣いご無用にとお願いした。
 19775年から2年間,北海道大学に留学した。その間,宮崎出身の大学院生と一緒に研究した。律儀な性格で礼儀正しく誠実な好青年だった。修士課程終了後,私が勤めていた水処理会社に入社してもらった。
 それから数年経ったゴールデンウィークに,大学院の学生だった時に手編みの毛糸のマフラーを贈ってもらった女性と宮崎で挙式した。披露宴に出席した。キャンドルサービスの時だった。あるテーブルのキャンドルに点火しようとした時,エアコンの冷風でトーチの火が吹き消され披露宴会場が真っ暗闇になってしまった。二人の門出を祝す披露宴には誠に具合が悪い。会場は静まり返ってしまった。私は,思わず,「これが本当のクライマックスです」と叫んでいた。笑いが渦を巻き,賑々しい雰囲気に戻った中でキャンドルサービスが続けられた。
 ごくごくたまに他愛ないダジャレを口にしてしまって周囲の顰蹙を買っているが,ダジャレだって時には役に立つことがあるのだと密かに溜飲を下げている。しかし,先日,「ユーモア」を国語辞典で引いたところ,説文には「上品で笑いを誘うしゃれ」,「上品で機知に富んだしゃれ」とあった。「上品」がキーワードのようである。私のダジャレはユーモアに属するのか甚だ疑問である。
 なお,表題の「パン」は鍋や食糧の「パン(pan,pain)」ではなくダジャレの「パン(pun)」である。
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