有限会社 三九出版 - トンビにサンド,カラスにチョコ


















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          トンビにサンド,カラスにチョコ

                     持山 保信(徳島県徳島市)

 バサッという音が耳元で聞こえたが何が起こったかは分からなかったふただし目の前で大きなトンビが急上昇して行くのは,はっきりと見えた。
 よく見ると彼のトンビはその足でしっかりとサンドイッチを掴んでいるではないか。
 「この頃のトンビはいいものを喰ってるんだな」と感心したのも束の間。並んで座っていた女房が右手を口元に近づけたままの格好で固まっている。女房も何が起こったかは理解できないでいる様子だったが,その手に持っていたサンドイッチは無い。
 私には事の次第が少しずつ分かってきた。
 早春の熊野路に三社参りをしようと朝早くからフェリーに乗り,船酔いでグロッキーになった女房を連れた私のドライブ旅行だが,予定通りのペースで熊野本宮をお参りし,同じく世界遺産の熊野川の辺りにある公園で昼食を取るべく休憩をしていた。
 食の進まない女房にはサンドイッチを,そして私は大好物の「めはり寿司」の昼食であったが,事件は二人で川原のよく見える芝生の上に座り,まさに食べ始めたときに起きた。
 どこから飛来したかは全く分からないが,私たちの背後から音もなく急降下してきたトンビ君が並んで座る二人の間を猛スピードで擦り抜けざま,女房のサンドイッチを失敬したものだった。トンビも命を紡ぐためには何でもしなければならない。その鮮やかな手口に舌を巻くのみであった。まことにアッパレ。反対に昼食を失敬された女房は放心状態も醒めてようやく事態が理解できたていたらくだ。
 その後,私の食べかけの大きな「めはり寿司」を半分にして女房に渡し,仲良く昼食を済ませたが,トンビには腹は立たなかった。それどころか,近くの大きな木の上で美味しそうにパンを啄ばんでいる姿を見れば,何かよいことをした様な錯覚さえも覚えるのだった。女房との旅行に楽しい思い出が増えたというものだ。
 似たような話がもう一つある。20年も前に北海道は利尻山に登山した時のことだ。
 登山実行の日は奥尻島が大地震と津波で大変な災害に見舞われた朝だった。早朝からNHKは被害の模様を報じていたが,僅か200キロ北に位置する利尻島は地震の被害はほとんどなかった。宿の主人も登山には影響がないだろうと送り出してくれた。
 利尻山は標高1700mはどの独立峰だが,如何せん海抜Omからの登山となるためかなりシンドイ山である。学生時代にほんの気紛れで利尻山登山に挑戦したものの頂上に着いた時はパテパテで水を全部飲んでしまい∴下山は水抜きだった。帰り着いたのは夜8時となり,水だけ飲んで飯も食わずにテントに転がり込み爆睡したことを思い出す。そんな経験からこの時は7台目の無人小屋に一泊の計画で臨んだのだが,地質のことまでは予想も出来なかった。どちらにしてもすんなりとは行かない山なのか。
 しかし二日間の登山は晴天に恵まれ快適なものとなった。7台臼の小屋には昼前に到着し,昼食を済ませても時間がたっぷり余るのでその日のうちに頂上を往復することもできた。
 問題の似たような話はその頂上での話である。ナップザックにカメラと水と非常食料にチョコレートを入れただけの軽装なので頂上アタックは簡単だった。道すがらの高山植物の群落はみごとで,貴重種であるリシリヒナゲシにもお目にかかり,まさにルンルン気分で頂上直下の小さな岩場で昼寝と洒落込んだ。
 30分も寝ただろうか,ふと目が覚めて空を見ると一羽のカラスが私の真上を飛んでいった。私は寝ぼけていたがアレッとおもった。何とカラスは赤いチョコレートの箱をその足でしっかりと掴んで飛行しているではないか。「最近のカラスはチョコレートを食べるのか」と感心したがまた睡魔が襲いウトウトしてしまった。
 小一時間も寝ただろうか,すっきりとした気分でもう一度見渡す利尻山頂上からの360度の展望は数ある登山の思い出の中でも珠玉のものとなることは間違いなかった。
 しかしである,唖然としたのはその直後だった。ナップザックが無いのである。カメラも入っているのにどうしたものかと暫く探すと,頭上直下の岩場に落ちているのを見つけることが出来た。ザックの紐は硬く絞っていたのに,ほどけていてカメラとペットボトルは転がり出ていた。そして何故か非常食のアーモンドチョコの箱だけが無くなっていた。やられた!あのカラスが掴んでいた赤い箱は私のチョコレートだったのだ。
 「トンビに油揚げ」ならぬ「寸ンビにサンドイッチ,カラスにチョコレート」。私が20年を要して作り上げたエピソードである。
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