好齢女(こうれいじょ)盛(せい) もの語る
マリ共和国農村開発の試み(その2)
村上 一枝(東京都練馬区)
○ 独自プロジェクトの開設
現地の日本のNGO,マリNGOで研修ともいえる準備期間を経てバマコ市に事務所を開設しました。マリ政府の活動認証も得ました。会の名称は,将来は西アフリカ諸国への支援を考え「カラ=西アフリカ農村自立協会」,通称「CARA=カラ」としました。マリの公用語のフランス語ではAssociation pour la Cooperation et L’ autogestion Rurale en Afrique de L’oustです。しかし,経済的地理的に難しく,活動を実行できませんでした。そのため,活動地域を首都バマコから約200㎞北東のドウンバ郡を選び,バブグ村に了解を得て土レンガの事務所を建設し,私とアフリカ人スタッフ2人が村に住みこんで支援活動を開始しました。
○ 活動への心構え
当初の私は単に子供の命を救うことを目的と考えていましたが,現地で人々の生活に触れた結果,「イヤ違う。子供医療以前に親,それも母親の意識改善が優先」と考えました。それまでの彼女達の誤った知識を正し,生活に取り込めるよう心掛けました。全ては人の命を支えることですから,根気よく繰り返し,無理なく時間をかけて取り組みました。人の意識を変えることは難しいことですから,どのようにしたら理解してくれるかが課題でした。その為の段階として,女性が収入を得る,役立つことを目に訴える,その結果が女性の自立となる,と考えました。そして,カラの理念の「日本から資材を持ち込まない,現金を与えない,全てマリの資材と手法でマリ技術者が指導する。カラが与えるのではなく,村人の努力で自立することを支援する」というのを貫きました。これには東京本部の批判もありましたが,マリではマリ方式で,と一切妥協をしませんでした。次第に数の増えたスタッフもアフリカ人です。何度も注意する私は鬼にも女神(?)にもなり,常に忍耐が必要でした。私の周囲は敵のようであり,「村上怖い」という日本語が広がりました。私は支援事業とは,先進国の誰かが行うことで,感情に妥協せず,本質を伝え貫くことと考えていたので,友人に「いつも同じネ」と言われました。
○ 活動への実際,女性に乾杯
最初に3カ村の生活環境と状況,意識調査を行いました。一夫多妻の女性の悩みや愚痴も聞かされました。しかしこのようなことも女性に収入があれば女性の地位も上がり,自然に解決すると思いました。調査の結果,水,食料不足,女性の無収入,無医村,等どこの村も同じでした。緊急事業でもある井戸の掘削や食料供給,栄養補給,女性の収入獲得のために女性野菜園の造成を行いました。次に女性適正技術指導を行い,野菜販売と合わせ女性の収入獲得の道をつけました。男性のためだけのような識字学習を女性にも普及し,教師と教室の建設を行い,次第に教育熱が高くなり村の要請で,小・中学校の建設へと進みました。秋に発症の多いマラリア予防,腸内寄生虫駆除,植林,改良かまど製造に関心が深まりました。過去に支援事業の経験のない私は,表れた結果で成果の有無を判断する試行錯誤の日々でした。特に女性の始めた小規模女性貸付事業や「おばさん健康普及員」の育成を試み衛生知識や感染症を主体に病気予防,衛生知識等,多くを浅く広く指導しました。この普及員が自村で村人へ指導する時には男性の参加もあり次第に村で女性の地位が上がりました。同時進行で定期的に村内清掃を行い,清潔な村となりました。ある村長は「何も知らないのは重病と同じ」と言い人集めに協力しました。村の女性たちは新しい知識を知って多くのことを理解・納得しました。普及員の活動は下痢や感染症,出産時の妊婦と新生児死亡,予防接種率の向上等を来し,特に出稼ぎ青年達にエイズや性感染の知識の普及は有効でした。また夫が子供の予防接種に付き添うようになりました。2000年には文字を書けないため看護師や助産婦の育成ができなく,産院や診療所の開設の許可も出ませんでしたが,今は違います。活動の結果を目にした結果,村人は理解が速く,普及と改善の必要なことを知りました。村の女性が助産師になり新規に開設した村の産院・診療所で働く姿は,常に強いインパクトを人々に与えました。そこの運営管理も村の委員会が行い,収入も得ています。全てが村の財産という共通な意識は,個人主義の強い国で共同管理運営が難しいと言われていた状況を変え,更に村の助産師誕生は,学ぶことで将来職業を持てるとの意識を生み,女児就学率が男児を上回っています。
振り返ると忍の一字の長い道でした。これまでの事業は村の人たちへ移り,自立のスタート台に立ちました。カラは小団体ですが多額の支援と協力で活動の成果が確実に表れ,私に「やりがい」,喜び,幸せを与えてくれました。今はアフリカ人スタッフが新規カラマリを開設し,コロナ不況に立ち向かう女性支援をバマコ市で始めました。
マリ共和国農村開発の試み(その2)
村上 一枝(東京都練馬区)
○ 独自プロジェクトの開設
現地の日本のNGO,マリNGOで研修ともいえる準備期間を経てバマコ市に事務所を開設しました。マリ政府の活動認証も得ました。会の名称は,将来は西アフリカ諸国への支援を考え「カラ=西アフリカ農村自立協会」,通称「CARA=カラ」としました。マリの公用語のフランス語ではAssociation pour la Cooperation et L’ autogestion Rurale en Afrique de L’oustです。しかし,経済的地理的に難しく,活動を実行できませんでした。そのため,活動地域を首都バマコから約200㎞北東のドウンバ郡を選び,バブグ村に了解を得て土レンガの事務所を建設し,私とアフリカ人スタッフ2人が村に住みこんで支援活動を開始しました。
○ 活動への心構え
当初の私は単に子供の命を救うことを目的と考えていましたが,現地で人々の生活に触れた結果,「イヤ違う。子供医療以前に親,それも母親の意識改善が優先」と考えました。それまでの彼女達の誤った知識を正し,生活に取り込めるよう心掛けました。全ては人の命を支えることですから,根気よく繰り返し,無理なく時間をかけて取り組みました。人の意識を変えることは難しいことですから,どのようにしたら理解してくれるかが課題でした。その為の段階として,女性が収入を得る,役立つことを目に訴える,その結果が女性の自立となる,と考えました。そして,カラの理念の「日本から資材を持ち込まない,現金を与えない,全てマリの資材と手法でマリ技術者が指導する。カラが与えるのではなく,村人の努力で自立することを支援する」というのを貫きました。これには東京本部の批判もありましたが,マリではマリ方式で,と一切妥協をしませんでした。次第に数の増えたスタッフもアフリカ人です。何度も注意する私は鬼にも女神(?)にもなり,常に忍耐が必要でした。私の周囲は敵のようであり,「村上怖い」という日本語が広がりました。私は支援事業とは,先進国の誰かが行うことで,感情に妥協せず,本質を伝え貫くことと考えていたので,友人に「いつも同じネ」と言われました。
○ 活動への実際,女性に乾杯
最初に3カ村の生活環境と状況,意識調査を行いました。一夫多妻の女性の悩みや愚痴も聞かされました。しかしこのようなことも女性に収入があれば女性の地位も上がり,自然に解決すると思いました。調査の結果,水,食料不足,女性の無収入,無医村,等どこの村も同じでした。緊急事業でもある井戸の掘削や食料供給,栄養補給,女性の収入獲得のために女性野菜園の造成を行いました。次に女性適正技術指導を行い,野菜販売と合わせ女性の収入獲得の道をつけました。男性のためだけのような識字学習を女性にも普及し,教師と教室の建設を行い,次第に教育熱が高くなり村の要請で,小・中学校の建設へと進みました。秋に発症の多いマラリア予防,腸内寄生虫駆除,植林,改良かまど製造に関心が深まりました。過去に支援事業の経験のない私は,表れた結果で成果の有無を判断する試行錯誤の日々でした。特に女性の始めた小規模女性貸付事業や「おばさん健康普及員」の育成を試み衛生知識や感染症を主体に病気予防,衛生知識等,多くを浅く広く指導しました。この普及員が自村で村人へ指導する時には男性の参加もあり次第に村で女性の地位が上がりました。同時進行で定期的に村内清掃を行い,清潔な村となりました。ある村長は「何も知らないのは重病と同じ」と言い人集めに協力しました。村の女性たちは新しい知識を知って多くのことを理解・納得しました。普及員の活動は下痢や感染症,出産時の妊婦と新生児死亡,予防接種率の向上等を来し,特に出稼ぎ青年達にエイズや性感染の知識の普及は有効でした。また夫が子供の予防接種に付き添うようになりました。2000年には文字を書けないため看護師や助産婦の育成ができなく,産院や診療所の開設の許可も出ませんでしたが,今は違います。活動の結果を目にした結果,村人は理解が速く,普及と改善の必要なことを知りました。村の女性が助産師になり新規に開設した村の産院・診療所で働く姿は,常に強いインパクトを人々に与えました。そこの運営管理も村の委員会が行い,収入も得ています。全てが村の財産という共通な意識は,個人主義の強い国で共同管理運営が難しいと言われていた状況を変え,更に村の助産師誕生は,学ぶことで将来職業を持てるとの意識を生み,女児就学率が男児を上回っています。
振り返ると忍の一字の長い道でした。これまでの事業は村の人たちへ移り,自立のスタート台に立ちました。カラは小団体ですが多額の支援と協力で活動の成果が確実に表れ,私に「やりがい」,喜び,幸せを与えてくれました。今はアフリカ人スタッフが新規カラマリを開設し,コロナ不況に立ち向かう女性支援をバマコ市で始めました。
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