有限会社 三九出版 - 〈花物語〉    紫 陽 花


















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          〈花物語〉    紫 陽 花

          小櫃 蒼平(神奈川県相模原市)

「紫陽花の醸せる暗さよりの雨」― 紫陽花には,どこか日陰にひっそりと咲く花というイメージがあります。 詩人の萩原朔太郎は,「こころをばなににたとへん/こころはあじさゐの花/ももいろに咲く日はあれ ど/うすむらさきの思い出ばかりはせんなくて」とうたっています。
 むかし,京の西陣に,ひとりの織り子がおりました。織り子は虹の七 色を写しとったような,それはそれは見事な布を織りました。
 ところが,そんな見事な腕をもった,こころ優しい織り子ですが,い つも男には悲しい思いをさせられていました。よく尽くすのですが,な ぜかすぐに捨てられてしまうのです。でも織り子はそんな男たちをすこ しも怨みませんでした。それだけではなく,不思議なことに男に捨てら れたあとは,いつも美しい布が織りあがるのです。
 ある日のこと,機屋の主人は,織り子の男たちへの恋心を断ち切れば, より多くのよい布を織りあげるだろうと,織り子を機部屋に閉じ込めて しまいました。哀れな織り子はほどなく気の病いで亡くなりました。
梅雨の季節のある日,織り子が閉じ込められていた機部屋の窓の下に, 小さな花弁をつけた,毬のような花が咲きました ― 紫陽花の花。ひと 雨ごとに薄紅,薄紫,そして真っ白な花の賑わいを 見せました。人びとはその紫陽花の花を織り子の織 った美しい布の生まれ代わりと信じたそうな。紫陽 花の花が梅雨によく似合うのは,織り子の悲しみが 見る者のこころに静かに沁みてくるからです。

 ※「墓紫陽花に醸せる……」(桂信子/『合本俳句歳時記 新版』角川書店)        
  「こころをば……」(萩原朔太郎「こころ」/杉本秀太郎『花ごよみ』平凡社」)
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