有限会社 三九出版 - 〈花物語〉     桜


















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           〈花物語〉     桜

          小櫃 蒼平(神奈川県相模原市)

 ひとは必敗の人生を生きている。誕生のそのときに死のカウントダウンがはじまり,この勝負にひとは絶対に勝てない。だから,ひとは神に問う,「墓場まで何マイル?」。神さまの救済はただひとつ,人間に〈享 楽〉と〈忘却〉という能力をあたえたこと ― 。
  さて,ここに一組の男女がいた。生まれたときから,男も女も死ぬこ とだけを考えて生きてきた。それが宿命だから ― という覚悟からでは ない。生まれたときから,すばやく〈終着駅〉を見つけることに心せか れていたのだ。あたかも夏休みに父のふるさとを尋ねる児が,山野での 遊びを指折り数えて,途中の風景に少しの興味も示さなかったように。
 神さまは,そんなふたりがいとおしかった。だから神さまはふたりに 〈享楽〉と〈忘却〉を教えたいとおもった。でも神さま,依怙贔屓はで きない。そこでせめてもの思いやり。弥生三月,ふたりが歩く道筋に満 開の桜の花を少し早いが,散らした。ふたりは薄紅の花びらいっぱいの 道を嬉嬉として歩いた。いつかおとずれる絢爛豪華な滅びの日を夢見な がら ― 。
 そうです。桜のいのちは満開のときにあるので はない。みずからの滅びを賭けて,ひとのいのち の滅びを荘厳するところにある。桜は散ってなん ぼ。だから「桜の樹の下には屍体が埋まっている」 という話はほんとうなんだよ。

※「墓場まで……」(寺山修司/『週刊読売』昭和58年2月13日)        
 「桜の樹の下には……」(梶井基次郎「桜の樹の下に」/『梶井基次郎全集』ちくま文庫」)
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