私の量子ものがたり⑨
量子と人間社会(その3)
吉成 正夫(東京都練馬区)
7.量子から導かれる人間社会の考え方
第一に,「関係性」です。
般若心経の「空の理論」でも,「この世の中は、実態がなく、お互いの関係の中で成り立ち(縁起)、常に変化して已まない(無常)」と観じています。2500年前のお釈迦さまは,最新の量子理論を瞑想によって観じとったことになります(後述)。
第二に,「実体がない」ことです。
量子的には「運動量を有するが、内部構造を持たない」です。仏教思想では,「諸法実相」(=諸法は実相なり=もろもろのものは真実の在り方そのものである)であって,現象と本質を明確に区別していません。西洋思想は「現象」と「本質」を明確に区別している点で,仏教思想と異なります。これを明らかにしたのが釈迦であって,理論的に完成したのがナガールジュナ(龍樹)でした。龍樹の基本思想は「この世の一切のものは実体(自性)をもって存在しない。すべては他に依存しているものであって,それ自体として存在するものは何一つとしてない。すべては他に依存して成立する。すなわち『存在の実相は縁起である』ということに尽きます。なにか難しそうですが,端的に言いますと,現在のトランプ現象も,ブレクジットも批判されるものではなく,真実の実相そのものであることになります。私たちは,そうした関係性の中で,どのように生き抜いていくかが最大の問題であって,もろもろの変化に適応していくしかありません。またそのように適応しなければ,敗者として取り残されるだけであることを示唆しています。
第三に,「変化し,適応する」ことです。
量子は,ふだんは「波」の状態で「確率状態」にありますが,なにかの変化があれば,直ちに「粒子」となって姿を現し適応します。これが量子の本質です。近年の科学技術の進歩は著しく,半導体の個数は「ムーアの法則」通りに「1.5年で倍」のスピードで進化してきました。インテルのゴードン・ムーアが論文を発表したのが1965年ですから,仮に55年として,約10億倍です。10億倍ということはミクロの世界ではナノ(10億分の1)の世界で,原子コンピュータができるほどの進化です。おそらく,まだまだ進化のスピードは止まらないと予想されます。これまでは,スーパーコンピュータ(数学のアルゴリズム)の世界のレベルでしたが,これからは量子コンピュータ(自然のアルゴリズム)の世界に移行すると予想されているからです。それは想定をはるかに超えた世界です。
人間の価値観は,自分が育った時代や環境に制約されます。時代のテンポは速すぎるため高齢者と若者の価値観のギャップは大きく,お互いの理解を超えています。最近,「引きこもり」「いじめ」「ネット社会」などの問題に対応できず,幼児,子供,青少年を教育し指導するのが困難です。親子や家族の軋轢も拡大する一方です。平成29・30年の学習指導要領改訂が「主体的・対話的で深い学び」のフレーズで表現されていますが変化に適応する,ある意味では「量子的」教育改定と評価されます。しかし,すべてを自主性に任せるわけにはいきません。本人の学びの意欲をどのようにサポートしていくのか,工夫のしどころです。
第四は,将来を論理的に「予測する」ことはできないということです。
これまで述べてきた量子の特質としての帰結です。経済・金融・証券に関する限り,過去のデータや事象の分析は,将来の予想にほとんど関係しません。むしろ,新しいリーダーや政権・王朝などは過去を否定することで,自分を正当化する傾向があります。歴史は一部そのような形で形成されてきた部分もあります。「過去データ」には環境変化との関係で「歪み」があり,そうしたデータを恣意的に援用されることで「論理性」も歪みます。AIによるビッグデータはあくまでも「過去データ」です。人間が気付かなかった「関係」を明らかにする点で,専門家をサポートできますが,「創造的な未来」に対しては限界があります。
第五に,多様性です。
量子レベルでは,「環境変化への反応」が大きな特質です。その結果,人間はみなそれぞれ自分を中心とする意識を持っています。独自の発展を遂げてきた無数の量子の蓄積のうえに人間が存在しています。人間がそれぞれ異なる存在であることは,指紋,虹彩で個々人を特定できます。最近では監視カメラのデジタル画像から人物を識別する「顔認証システム」が話題になっているように,それぞれ全く異なる存在です。家族(家系,遺伝子など),職場,学校,地域,国家,民族,さらには歴史,宗教,教育のなかでその人独自の感覚,思考,信条を育てていきます。地球の人口はおよそ74億人前後ですが,それぞれ全く独自の存在です。つまり74億個の「世界」が併存していることになります。それぞれ独自の感覚や考え方をもって自己中心的な生き方を目指す存在です。そのため教育や社会の規範が必要です。また第一次大戦や第二次大戦のような悲惨な経験をしますと,それを回避する方策を試みる動きがでてきます。EU(欧州連合)は,強大であるがゆえに災禍を招いたドイツを欧州全体で包み込む試みとしてスタートし,大経済圏が形成されました。しかし,世代の交代もあり,移民,難民、テロなどで,自国の権益が侵害されるとの不満が増大し,グローバリゼーションから自国第一主義に逆戻りしつつあります。過去よりは現在,協調よりは自己の利益優先は,「利己的遺伝子」の素地が表面化してきました。一方,量子は全体的なバランスの中でシステム化し,自らの生存を最大化しようとする面もあります。
NHKのスペシャル番組「驚異の小宇宙 人体」は必見の価値がありますが,なかでも,受精から生命誕生までのプロセスは感動的です。小さな量子の集合体である細胞体がお互いに連携し会話しながら胎児をつくりあげていくのです。
8.人間社会の特性
(1)量子 ― 生物 ― 人間
量子には,周囲の変化に適応して変化する性質(粒子と波の性質),一旦関係をもった量子が関係しあう性質(量子もつれ)などの特徴があります。動物や植物は,そうした量子から与えられた秩序に沿って生きていきます。何の教育も受けていないのに実に見事に環境に適応しています。人間はどうでしょうか。生まれた状態で放置されれば生きていけません。教育を受けなければ社会のなかで自立できないでしょう。生を全うする点で見ますと,人間は他の生き物に劣っているとの見方もできます。
しかし,人間は生態系の頂点に立つと自負しています。確かに,宇宙のかなたにまで探査機を送り出し,原子を操作する能力を獲得しました。人間は外の世界に対しては優れた能力を発揮しました。しかし人間自身の行動はカオスの状態にあるとも言えます。能力の限りを尽くして殺し合い,地球環境と自分自身とのバランスを考えずに自分の住む環境を破壊しています。もし外部に働きかける高い能力がなかったならば絶滅していたに違いありません。いや将来に向かっては人間の能力を自分に向ける刃として自滅する可能性もあります。この矛盾に満ちた人間の分岐点は,二足歩行の時からと考えることができます。二足歩行によってヒトは大きな脳を支えることができ,脳は強力な武器となりました。情緒を支配する右脳,知性を支配する左脳が相俟って,科学,文芸,美術の枝葉を繁らせ社会システムを構築してきました。それにしては,ミツバチやアリのように整然と秩序だった社会システムを作り上げることがなぜできないのか疑問です。
量子理論を学ぶにつれて,その解が見えてきた感じがします。人間は自分自身の行動については量子の制約から免れることができていないのではないかということです。量子は自分を十分に発展させ生き抜くように出来ています。リチャード・ドーキンスの「利己的な遺伝子」の世界です。外界に向けて働く「脳の世界」は概ね「理系の世界」です。一方,自分自身の立ち居振る舞い,これは「量子理論」に支配されます。人間自身の行動原理つまり「社会科学」の世界では自己拡張的な量子に支配されるところが大きいのではないかと考えています。量子の自己拡張的な性質が強く作用する一方,脳が発達して強い力を獲得した結果,全体の秩序を保つ力とのアンバランスが発生したのです。 経済, 金融,証券の領域が科学として誕生したのはアダム・スミスの「国富論」以来です。学問として自らを確立するために先人の業績が積み重ねられてきました。社会科学は人間自身を対象としていますから脳的な思考ではなく,量子論的なアプローチのほうがしっくりきます。長年,経済,証券の実態と理論はかみ合っていないように感じていましたが,人間行動を量子もつれによる連携ではなく,個別の量子の特性が強く発現したとしますと納得できます。
現在から未来への変化の流れのなかで社会が形成されていきます。現実の歴史は過去を切り捨てて進行していきます。量子も同じです。これまでの経済理論は本来「切り捨てられるべき過去」に重点が置かれ,量子の本性に反する理論であったために未来への処方箋たりえなかったのではないでしょうか。
過去が意味を持ってくるのは,現在の状況と歴史の場面が類似しているときです。「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」との格言がありますが,状況変化に注意しないと誤った結論を導くことになります。量子論的には,歴史も経験も過去のものです。あらゆる関係性のなかで現在を考察し,かつ変化の芽を洞察していく。これが量子的人間社会の読み解き方と結論づけられます。
量子と人間社会(その3)
吉成 正夫(東京都練馬区)
7.量子から導かれる人間社会の考え方
第一に,「関係性」です。
般若心経の「空の理論」でも,「この世の中は、実態がなく、お互いの関係の中で成り立ち(縁起)、常に変化して已まない(無常)」と観じています。2500年前のお釈迦さまは,最新の量子理論を瞑想によって観じとったことになります(後述)。
第二に,「実体がない」ことです。
量子的には「運動量を有するが、内部構造を持たない」です。仏教思想では,「諸法実相」(=諸法は実相なり=もろもろのものは真実の在り方そのものである)であって,現象と本質を明確に区別していません。西洋思想は「現象」と「本質」を明確に区別している点で,仏教思想と異なります。これを明らかにしたのが釈迦であって,理論的に完成したのがナガールジュナ(龍樹)でした。龍樹の基本思想は「この世の一切のものは実体(自性)をもって存在しない。すべては他に依存しているものであって,それ自体として存在するものは何一つとしてない。すべては他に依存して成立する。すなわち『存在の実相は縁起である』ということに尽きます。なにか難しそうですが,端的に言いますと,現在のトランプ現象も,ブレクジットも批判されるものではなく,真実の実相そのものであることになります。私たちは,そうした関係性の中で,どのように生き抜いていくかが最大の問題であって,もろもろの変化に適応していくしかありません。またそのように適応しなければ,敗者として取り残されるだけであることを示唆しています。
第三に,「変化し,適応する」ことです。
量子は,ふだんは「波」の状態で「確率状態」にありますが,なにかの変化があれば,直ちに「粒子」となって姿を現し適応します。これが量子の本質です。近年の科学技術の進歩は著しく,半導体の個数は「ムーアの法則」通りに「1.5年で倍」のスピードで進化してきました。インテルのゴードン・ムーアが論文を発表したのが1965年ですから,仮に55年として,約10億倍です。10億倍ということはミクロの世界ではナノ(10億分の1)の世界で,原子コンピュータができるほどの進化です。おそらく,まだまだ進化のスピードは止まらないと予想されます。これまでは,スーパーコンピュータ(数学のアルゴリズム)の世界のレベルでしたが,これからは量子コンピュータ(自然のアルゴリズム)の世界に移行すると予想されているからです。それは想定をはるかに超えた世界です。
人間の価値観は,自分が育った時代や環境に制約されます。時代のテンポは速すぎるため高齢者と若者の価値観のギャップは大きく,お互いの理解を超えています。最近,「引きこもり」「いじめ」「ネット社会」などの問題に対応できず,幼児,子供,青少年を教育し指導するのが困難です。親子や家族の軋轢も拡大する一方です。平成29・30年の学習指導要領改訂が「主体的・対話的で深い学び」のフレーズで表現されていますが変化に適応する,ある意味では「量子的」教育改定と評価されます。しかし,すべてを自主性に任せるわけにはいきません。本人の学びの意欲をどのようにサポートしていくのか,工夫のしどころです。
第四は,将来を論理的に「予測する」ことはできないということです。
これまで述べてきた量子の特質としての帰結です。経済・金融・証券に関する限り,過去のデータや事象の分析は,将来の予想にほとんど関係しません。むしろ,新しいリーダーや政権・王朝などは過去を否定することで,自分を正当化する傾向があります。歴史は一部そのような形で形成されてきた部分もあります。「過去データ」には環境変化との関係で「歪み」があり,そうしたデータを恣意的に援用されることで「論理性」も歪みます。AIによるビッグデータはあくまでも「過去データ」です。人間が気付かなかった「関係」を明らかにする点で,専門家をサポートできますが,「創造的な未来」に対しては限界があります。
第五に,多様性です。
量子レベルでは,「環境変化への反応」が大きな特質です。その結果,人間はみなそれぞれ自分を中心とする意識を持っています。独自の発展を遂げてきた無数の量子の蓄積のうえに人間が存在しています。人間がそれぞれ異なる存在であることは,指紋,虹彩で個々人を特定できます。最近では監視カメラのデジタル画像から人物を識別する「顔認証システム」が話題になっているように,それぞれ全く異なる存在です。家族(家系,遺伝子など),職場,学校,地域,国家,民族,さらには歴史,宗教,教育のなかでその人独自の感覚,思考,信条を育てていきます。地球の人口はおよそ74億人前後ですが,それぞれ全く独自の存在です。つまり74億個の「世界」が併存していることになります。それぞれ独自の感覚や考え方をもって自己中心的な生き方を目指す存在です。そのため教育や社会の規範が必要です。また第一次大戦や第二次大戦のような悲惨な経験をしますと,それを回避する方策を試みる動きがでてきます。EU(欧州連合)は,強大であるがゆえに災禍を招いたドイツを欧州全体で包み込む試みとしてスタートし,大経済圏が形成されました。しかし,世代の交代もあり,移民,難民、テロなどで,自国の権益が侵害されるとの不満が増大し,グローバリゼーションから自国第一主義に逆戻りしつつあります。過去よりは現在,協調よりは自己の利益優先は,「利己的遺伝子」の素地が表面化してきました。一方,量子は全体的なバランスの中でシステム化し,自らの生存を最大化しようとする面もあります。
NHKのスペシャル番組「驚異の小宇宙 人体」は必見の価値がありますが,なかでも,受精から生命誕生までのプロセスは感動的です。小さな量子の集合体である細胞体がお互いに連携し会話しながら胎児をつくりあげていくのです。
8.人間社会の特性
(1)量子 ― 生物 ― 人間
量子には,周囲の変化に適応して変化する性質(粒子と波の性質),一旦関係をもった量子が関係しあう性質(量子もつれ)などの特徴があります。動物や植物は,そうした量子から与えられた秩序に沿って生きていきます。何の教育も受けていないのに実に見事に環境に適応しています。人間はどうでしょうか。生まれた状態で放置されれば生きていけません。教育を受けなければ社会のなかで自立できないでしょう。生を全うする点で見ますと,人間は他の生き物に劣っているとの見方もできます。
しかし,人間は生態系の頂点に立つと自負しています。確かに,宇宙のかなたにまで探査機を送り出し,原子を操作する能力を獲得しました。人間は外の世界に対しては優れた能力を発揮しました。しかし人間自身の行動はカオスの状態にあるとも言えます。能力の限りを尽くして殺し合い,地球環境と自分自身とのバランスを考えずに自分の住む環境を破壊しています。もし外部に働きかける高い能力がなかったならば絶滅していたに違いありません。いや将来に向かっては人間の能力を自分に向ける刃として自滅する可能性もあります。この矛盾に満ちた人間の分岐点は,二足歩行の時からと考えることができます。二足歩行によってヒトは大きな脳を支えることができ,脳は強力な武器となりました。情緒を支配する右脳,知性を支配する左脳が相俟って,科学,文芸,美術の枝葉を繁らせ社会システムを構築してきました。それにしては,ミツバチやアリのように整然と秩序だった社会システムを作り上げることがなぜできないのか疑問です。
量子理論を学ぶにつれて,その解が見えてきた感じがします。人間は自分自身の行動については量子の制約から免れることができていないのではないかということです。量子は自分を十分に発展させ生き抜くように出来ています。リチャード・ドーキンスの「利己的な遺伝子」の世界です。外界に向けて働く「脳の世界」は概ね「理系の世界」です。一方,自分自身の立ち居振る舞い,これは「量子理論」に支配されます。人間自身の行動原理つまり「社会科学」の世界では自己拡張的な量子に支配されるところが大きいのではないかと考えています。量子の自己拡張的な性質が強く作用する一方,脳が発達して強い力を獲得した結果,全体の秩序を保つ力とのアンバランスが発生したのです。 経済, 金融,証券の領域が科学として誕生したのはアダム・スミスの「国富論」以来です。学問として自らを確立するために先人の業績が積み重ねられてきました。社会科学は人間自身を対象としていますから脳的な思考ではなく,量子論的なアプローチのほうがしっくりきます。長年,経済,証券の実態と理論はかみ合っていないように感じていましたが,人間行動を量子もつれによる連携ではなく,個別の量子の特性が強く発現したとしますと納得できます。
現在から未来への変化の流れのなかで社会が形成されていきます。現実の歴史は過去を切り捨てて進行していきます。量子も同じです。これまでの経済理論は本来「切り捨てられるべき過去」に重点が置かれ,量子の本性に反する理論であったために未来への処方箋たりえなかったのではないでしょうか。
過去が意味を持ってくるのは,現在の状況と歴史の場面が類似しているときです。「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」との格言がありますが,状況変化に注意しないと誤った結論を導くことになります。量子論的には,歴史も経験も過去のものです。あらゆる関係性のなかで現在を考察し,かつ変化の芽を洞察していく。これが量子的人間社会の読み解き方と結論づけられます。
投票数:24
平均点:10.00
《自由広場》 「日本語」って不思議な言葉ですね!(その9) |
本物語 |
小説(・・)は何処へ……? |