「日本語」って不思議な言葉ですね!(その9)
松井 洋治(東京都府中市)
日本一の「東京競馬場」から徒歩5分足らずの所に住みながら,未だに馬券の買い方すら知らないが,今回は,その「競馬」がらみで「日本語の方言」について書かせて戴きたい。
ただ,最初にお断りしておくが,日本は,世界でも珍しい「単一言語国家」であるとはいえ,「方言」は,北海道から沖縄まで,文字通り「切りがない」ほど沢山ある。
その為,当連載で「方言」を取り上げるのは,今回限りにさせて戴くつもりである。
ひと昔前,出るたびに負ける高知競馬の競走馬「ハルウララ」が,連戦連敗が余りに続いたため,60連敗を越えた頃から,却って人気を呼び,ブームを引き起こしたことがある。馬券を買っても「絶対に当たらない」ということから,「交通安全のお守り」として,また地元紙が「リストラ時代の対抗馬」と評したことから,「負け組の星」として,ハルウララの単勝馬券や,抜けた鬣(たてがみ)などが「リストラ防止のお守り」として話題になった。
その当時にメモったと思われる「情報カード」が最近見つかったが,それには「高知競馬の競走馬ハルウララの調教師に成績を訊くと、“うん、またかった”と答えたが、本当は負けていた。どうして?」,「“またかった”は高知弁“またい”の過去形で“またい”は“弱い”の意かも?」と書かれている。早速,全国の方言の研究で名高いK先生(当時,私と同じ非常勤講師)にお尋ねしたところ「日本各地の方言には、昔の言葉つまり古語が多いんですよ。“またい”は“全い”で、<完全である・無事である>の意から、<レースには勝てなかったが、無事に今日も走り終えた>と解すべきではないでしょうか…」とのご見解で,一旦は「なるほど」と納得した。確かに「方言には古語が残っている例」が結構沢山ある。例えば,私の亡母の郷里大分県では「情けない、ひどい、冷酷である」ことを「むげねえ」というが,これは古語の「無碍(無下は当て字)なし」からきた言葉であると,母に教えられた覚えがある。K氏ご見解に従って,手許の「古語辞典」(岩波書店)で「またし」を引くと,確かに「全し」で,「①完全である。②完璧である。③正直である。」と書かれているが,次に「④おとなしい、柔和である。⑤愚直である。馬鹿正直である。」とあり,ひょっとして,この④または⑤の線から「弱い」につながるのでは? という疑問と,かすかな期待を抱き始めた。先のメモの後半に自分で「“またかった”は高知弁“またい”の過去形で“またい”は“弱い”の意かも?」と書いた通り,もっと単純に「またい=弱い」ではないのか? という素朴な疑問が再燃してきた。ところが,まさに偶然であるが,その「古語辞典」の同じページに「またうど」(全人・真人・正人)<マタビトの転>という語があり,①心の正しい人。真面目な人。正直で律義な人,と出ている次に,②愚直な者。愚鈍な者。と出ているではないか! 「これだ!」と思わず叫んでしまったが,それでもまだ,ずばり「弱い」という解釈までは出ていない。
そこで「まずは原点に戻ろう」と考え,方言である以上は,「高知弁,土佐弁」を調べるしかあるまいと,早速インターネットであれこれ検索してみると,当時(2003年)の高知新聞の中に,それに関するずばりの記事を発見した。
その記事とは,ハルウララの調教師(宗石氏)が記者会見した際の,次の発言である。「(私は)レース後、古川騎手と“やっぱり、ウララは、またかったなあ”と話しました。土佐弁の“またかった”の意味は、“また勝った”ではありませんでして…」というもの。そして下記の<土佐弁ブログ「ぶっち斬り」>というのにたどり着いた。
文字通り「土佐弁オンパレード」の解説である。
「またかった」と聞いたら「又、勝った!」と取るろう!? 高知は“弱い”ことを「またい」「またかった」と言うがよ。ほんじゃきに、「またかった」はアクセント一つで、どっちじゃち取れるがよ。今日のお客(宴会)は、どっちぜよ!?と、例えば草野球チームの飲み会に尋(たん)ねたら「またかったきに、呑みゆう(笑)」「勝って呑みいの(笑)いずれにせよ、酒の肴にゃ事欠かん土佐人らしいろう!?」
(上記太字部分は<土佐弁ブログ「ぶっち斬り」>からの引用である。)
このブログのお蔭で,これ以上調べる必要はなくなった。どうやら「またい」「またかった」は,単純に「弱い」「弱かった」の意で,現在でも高知で(一部「高齢者の会話だけで」かもしれないが)使われていることが確認できた。「方言」こそ,その地方・地域だけでしか使われないし,通じない「不思議な言葉」の代表格と言えよう。
因みに,ハルウララは引退するまで、113戦0勝(113連敗)。人間でいえば70歳前後で,今は,千葉県の「マザーファーム」で穏やかな余生を過ごしているとのこと。
松井 洋治(東京都府中市)
日本一の「東京競馬場」から徒歩5分足らずの所に住みながら,未だに馬券の買い方すら知らないが,今回は,その「競馬」がらみで「日本語の方言」について書かせて戴きたい。
ただ,最初にお断りしておくが,日本は,世界でも珍しい「単一言語国家」であるとはいえ,「方言」は,北海道から沖縄まで,文字通り「切りがない」ほど沢山ある。
その為,当連載で「方言」を取り上げるのは,今回限りにさせて戴くつもりである。
ひと昔前,出るたびに負ける高知競馬の競走馬「ハルウララ」が,連戦連敗が余りに続いたため,60連敗を越えた頃から,却って人気を呼び,ブームを引き起こしたことがある。馬券を買っても「絶対に当たらない」ということから,「交通安全のお守り」として,また地元紙が「リストラ時代の対抗馬」と評したことから,「負け組の星」として,ハルウララの単勝馬券や,抜けた鬣(たてがみ)などが「リストラ防止のお守り」として話題になった。
その当時にメモったと思われる「情報カード」が最近見つかったが,それには「高知競馬の競走馬ハルウララの調教師に成績を訊くと、“うん、またかった”と答えたが、本当は負けていた。どうして?」,「“またかった”は高知弁“またい”の過去形で“またい”は“弱い”の意かも?」と書かれている。早速,全国の方言の研究で名高いK先生(当時,私と同じ非常勤講師)にお尋ねしたところ「日本各地の方言には、昔の言葉つまり古語が多いんですよ。“またい”は“全い”で、<完全である・無事である>の意から、<レースには勝てなかったが、無事に今日も走り終えた>と解すべきではないでしょうか…」とのご見解で,一旦は「なるほど」と納得した。確かに「方言には古語が残っている例」が結構沢山ある。例えば,私の亡母の郷里大分県では「情けない、ひどい、冷酷である」ことを「むげねえ」というが,これは古語の「無碍(無下は当て字)なし」からきた言葉であると,母に教えられた覚えがある。K氏ご見解に従って,手許の「古語辞典」(岩波書店)で「またし」を引くと,確かに「全し」で,「①完全である。②完璧である。③正直である。」と書かれているが,次に「④おとなしい、柔和である。⑤愚直である。馬鹿正直である。」とあり,ひょっとして,この④または⑤の線から「弱い」につながるのでは? という疑問と,かすかな期待を抱き始めた。先のメモの後半に自分で「“またかった”は高知弁“またい”の過去形で“またい”は“弱い”の意かも?」と書いた通り,もっと単純に「またい=弱い」ではないのか? という素朴な疑問が再燃してきた。ところが,まさに偶然であるが,その「古語辞典」の同じページに「またうど」(全人・真人・正人)<マタビトの転>という語があり,①心の正しい人。真面目な人。正直で律義な人,と出ている次に,②愚直な者。愚鈍な者。と出ているではないか! 「これだ!」と思わず叫んでしまったが,それでもまだ,ずばり「弱い」という解釈までは出ていない。
そこで「まずは原点に戻ろう」と考え,方言である以上は,「高知弁,土佐弁」を調べるしかあるまいと,早速インターネットであれこれ検索してみると,当時(2003年)の高知新聞の中に,それに関するずばりの記事を発見した。
その記事とは,ハルウララの調教師(宗石氏)が記者会見した際の,次の発言である。「(私は)レース後、古川騎手と“やっぱり、ウララは、またかったなあ”と話しました。土佐弁の“またかった”の意味は、“また勝った”ではありませんでして…」というもの。そして下記の<土佐弁ブログ「ぶっち斬り」>というのにたどり着いた。
文字通り「土佐弁オンパレード」の解説である。
「またかった」と聞いたら「又、勝った!」と取るろう!? 高知は“弱い”ことを「またい」「またかった」と言うがよ。ほんじゃきに、「またかった」はアクセント一つで、どっちじゃち取れるがよ。今日のお客(宴会)は、どっちぜよ!?と、例えば草野球チームの飲み会に尋(たん)ねたら「またかったきに、呑みゆう(笑)」「勝って呑みいの(笑)いずれにせよ、酒の肴にゃ事欠かん土佐人らしいろう!?」
(上記太字部分は<土佐弁ブログ「ぶっち斬り」>からの引用である。)
このブログのお蔭で,これ以上調べる必要はなくなった。どうやら「またい」「またかった」は,単純に「弱い」「弱かった」の意で,現在でも高知で(一部「高齢者の会話だけで」かもしれないが)使われていることが確認できた。「方言」こそ,その地方・地域だけでしか使われないし,通じない「不思議な言葉」の代表格と言えよう。
因みに,ハルウララは引退するまで、113戦0勝(113連敗)。人間でいえば70歳前後で,今は,千葉県の「マザーファーム」で穏やかな余生を過ごしているとのこと。
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