有限会社 三九出版 - 東日本大震災私は忘れない   放射能そして除染作業所 その②


















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       放射能そして除染作業所その②

            水澤 葉子(福島県福島市)

 二本松奥の元ゴルフ場跡地のコンテナハウスに宿泊する除染作業員は,外国人も含めて北海道から九州まで文字通りの全国区だった。チーフ調理師は京都の出身,隣室の調理師は秋田の人,帰宅時に交通機関もなく二本松駅まで歩いている食堂のおばさんにていねいな日本語で声をかけ,その自家用車で遠回りしてくれたのはエチオピア人であった。日本の災害復興を手伝ってもらっている,そんな気に素直になれたのは,想定外体験で得た貴重な収穫だったと思う。
 四畳半を与えられた私は,組まれたローティションをまじめにこなした。朝は4時半に厨房に入り,昼前に一旦解放される。夕方の4時に再び厨房。頭の回転は要求されず,昨日と同じことを繰り返していれば務まるところだった。近隣からマイカーで通っている仕事仲間にも恵まれたらしく,朝夕の盛り付け,後片付けなどで手薄なときはどこからともなく応援の手が加わった。
 午後の数時間,あるいは休日は,絶対に人の入ってこない保証のある部屋で持ち込んだワープロを開き,現在進行形の個人誌をせっせと書いた。わが家にいるよりも集中できたのだから,禍福は糾える縄の如し,などと呟いた日もある。
 なんのかのと非難がましかった娘が,日用品と食品を詰めた段ボールを抱えてやってきた。
 「からだ壊したら知らないから」
 「残りそんなにないもん。雪つもったら作業休止だって」
 「そんなの当たり前じゃない」
 「ちゃんと食べてるし,寝てるし,心配いらないから」
 「勝手なことばかり言ってる」
 睨まれても,しばらくはここに居たかった。福島市内より放射能の数値はかなり高いと言われていた。が,精神的には比較にならぬほど楽だったのである。出かけるたびに着たり脱いだり,庭の雑草を何げなく抜こうとすれば,どこからか跳んできた娘に「触らないで!」と怒鳴られたり,また近くの友人からもらった青葉には「この辺の野菜は家の中に持ち込まないで」などと言われながらの日常に,できることなら戻りたくはないのだった。
 その翌日だったろうか。隣室の調理師が娘を見かけたらしく「心配してくれるやさしい娘さんだね」と言う。確かに,親の私がクシャミをすれば,さっと風邪薬を出してくれる娘ではある。友人からも「親よりしっかりしているから老後安心ね」と羨望もされてきた,この世で唯一の肉親の娘ではある。しかし,放射能への拒絶度の隔たりは鉄道の線路のごとく決して交わることはない。彼女は福島産の食品には決して手を出さないのである。あれほど価格に目を近づけていたのに,震災以降は視線を真っすぐに産地へと向ける。 《消費して復興に協力すべき》と,非力な私は背後でつぶやく。が,それに振り向く娘の目は,その意志の固さにおいて,かのサッチャー女史も怯むかと思わせるものがあり,私はたじろがざるをえない。対話の不可能性を如何ともするすべがないのである。

大震災からもうすぐ9年を迎えようとしている。今はすでに夢の中の出来事のような除染作業員宿舎での調理補助の日々。それは,大地震による原子力発電所の放射能漏れという,とんでもない二次災害が元なのである。上に記した逸話は「原子力発電所の放射能漏れの招いた一老婆の生活異変」に過ぎないかもしれない。しかし,依然として原子力発電を決して手放そうとしない,再稼働を前向きに模索している施政者に対し,「フクシマ」に住む者として私たちは無限の批判をし続けなければならない。
 昨年の夏に,東電の小早川社長が《風評被害が福島復興の足かせになっている》を掲げて[福島原発の全廃炉]を表明した。やっと――である。これから廃炉に向けての長い長い歳月が待っているということ。この全廃炉に対しての施政者からのコメントを,私はまだ聞いていないのである。どこかの国の後始末と勘違いされては困る。いまだふるさとに戻れずにいる人々や,根強い風評被害に泣いているフクシマの生産者たちへの関心度があまりにも低過ぎはしないかと憤るのは,私の人としての卑小さであろうか。



         春の牛 空気を食べて 被爆した
         (福島市在住の俳人・中村晋さんの作品/TVのETV特集
         「九十四歳の荒凡夫・金子兜太」で紹介された。
         第一句集『むずかしい平凡』(2019・12・1刊)に登載。)
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