有限会社 三九出版 - <樹物語>   檪 と 楢


















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          〈樹物語〉    檪 と 楢

           小櫃 蒼平(神奈川県相模原市)


 今回は雑木林の主役,檪と楢である。
 わたしの散歩コースに,国木田獨歩の小説「武蔵野」に出てくる雑木林そのままを公園にしたような場所がある。檪,楢,そしてわずかな桜と欅があって,ところどころにベンチが散在している。ひと休みするにはちょうどいい。しばらく前から老人用の運動器具が置かれるようになったが,それが「武蔵野」を懐古するのにすこし邪魔になる。
 若い頃,わたしは日本の庭に興味をもって,識者の案内書を頼りに名のある庭を尋ねたことがある。その頃読んだ本に林達夫の「作庭記」がある。かれはその中で「いわゆる庭いじりは私の最も嫌いなものの一つで、そういう文人趣味には私は縁がない」といっている。その文人趣味ということになるのだろうが,庭を造るとしたら,わたしの居室の前庭には檪と楢を中心とした雑木林風のしつらいは欠かせない。さらに時間という濾過を経てひとの工夫が消えないと,わたしは落ち着かない。だから,(林達夫が言及しているわけではないが)ベルサイユ宮殿に代表される幾何学的に手入れされた西洋庭園はわたしの趣味ではない。
 「わたしの庭」とよんでいるこの雑木林にはおまけがあって,わたしがベンチに坐ると,小さな友人 ― 馴染の一羽の鴿が飛んでくる。そして餌を寄越せとわたしの腿をつつく。生意気なこやつ,餌の段取りが悪いと,怒ったような声を発す。こちらは鴿を愛玩しているつもりだが鴿に仕え,癒されているのは案外わたしのほうかもしれない。


     ※「作庭記」/林達夫『思想の運命(中公文庫)』中央公論社(昭和54年11月10日発行)


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