有限会社 三九出版 - 〈樹物語〉    枯 木


















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          〈樹物語〉    枯 木 

           小櫃 蒼平(神奈川県相模原市)

 冬の夕暮れ,小高い丘の稜線にすっかり葉を落とした欅の一群が並び,扇形の枝が鋭く天に向かって広がるその向こうに,夕焼けの空が朱の背景をつくるのを眺めるのは至福の一瞬である。この構図は欅に葉があっては成り立たない。欅が枯木(裸木)になることによって凛冽たる冬の輪郭を鮮明に形作るのだ。(ここにいう「枯木」とは,冬になって葉がまったく落ちて,あたかも枯れ果ててしまったように見える木々をいうのであって,まったく枯れてしまった木のことではない。裸木ともいう)(※1)
 枯木といえば,身体と思想を枯木のように屹立させた,ひとりの詩人をおもいだす。詩人は詩を作ると同時に社会活動にも全精力を傾けた。詩人は多くのもの ― ときには詩作をも抛擲することによって守った信念(他者への愛)によって生きた。たとえばその愛のかたち。憲法第九条について詩人はいう ― 「憲法第九条を守ることでもしも国が滅びるなら、潔く滅んでしまおう。ひとつの国がその存在を賭けて平和のために滅びる、そんな潔いことはないではないか。後世の歴史書に、『かつてこの地球に日本という国があったが、平和を守るという自国の信念に殉じて消滅した』と書かれることを誇ろうではないか」と。これはニヒリズムではない。現実的に可能な覚悟の問題である。 「しずかなるうごき枯木のくりかえす」(※2) ― 詩人の魂がいま
もまだこの世にとどまり,枯木のように「しずかなるうごき」を繰り返す音が聞こえないだろうか。
 ※1.「ここにいう…」/『合本俳句歳時記 新版』角川書店
 ※2.「しずかなる…」/滝 春一/『合本俳句歳時記 新版』角川書店 
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