私の量子ものがたり ⑤
量子と東洋思想
吉成 正夫(東京都練馬区)
1.東洋思想と西洋の科学
東洋思想には仏教,禅宗,老荘思想などいろいろあります。思想的にはかなり通じるところがあります。その東洋思想が量子理論と親和性があることが判ってきました。数千年前からの東洋思想と20世紀以降の最新の物理学が同じ軌道を走りつつあるのです。東洋は自然を受け入れ自然の本質を洞察してきました。一方,西洋科学は,自然をいかに征服するかに努力し,自然を人間に相対立する存在と受け止めてきました。産業革命からガリレオ・ガリレイ,ニュートン力学の成果を踏まえて,20世紀の科学は目覚ましい飛躍を遂げました。しかし,周囲の自然に目を留めると,人間が築き上げてきた科学は自然全体のごく一部をなぞっているにすぎません。いわば可視光線の範囲内の科学にとどまっていました。可視光線を含む電磁波には無限の広がりがあります。動物や昆虫では人間がとらえることができない視力,聴力,嗅覚をもって餌を捉えています。
20世紀に入って,量子力学と相対性理論によって,わたしたちの感覚を超えた世界も科学の対象になってきました。これまでの科学は数学的アルゴリズムをベースに積み上げてきましたが,量子力学がはじめて自然のアルゴリズムの世界に分け入ってきました。ここに自然を直視する東洋思想と西洋の科学が同じ方向に向いてきました。
2.量子力学と東洋思想の親和性
〈その1〉ボーアの「相補性」
ボーアは量子の「波」と「粒子」,「位置」と「運動量」が一つの量子の中でお互いに補い合って存在する関係を「相補性」と名付けました。彼が中国に行ったときに老荘思想の陰陽思想と量子論の「相補性」の類似に深い感銘を受け,デンマーク政府にナイト爵を叙されたときに記念の紋章を作成し,陰陽思想を象徴する「大極図」を描いたそうです(「図解量子論」佐藤勝彦監修)。
〈その2〉湯川秀樹の中間子
湯川秀樹は1935年に,原子核内部において陽子と中性子を結合させる中間子の存在を理論的に予言して1947年にノーベル賞を受賞しました。
講演にあたって「自分は西洋科学から学ぶことはあまりなかったが、仏教には多くのことを教えられた」と述べ,色紙に直筆で「天地は大美有れども、而も言わず。四時は明法有れども、而も議せず。萬物は成理有れども、而も説かず。聖人は天地の美を原(たず)ねて萬物の理に達す」という意味の漢詩(荘子「知北篇」)を書きました。そうした発言に触発されて,当時の物理学者たちの間では湯川博士の着想にあやかろうとしてチベット詣が流行ったと伝えられています。
〈その3〉「般若心経」,「空の思想」
般若心経には「色即是空 空即是色」という有名な一節があります。「色」は「森羅万象」「この世の中」の意で,「空」は「実体がない」という意味です。この世の中のすべては「実体がなく,お互いのかかわりの中に存在し,しかも常に変化していく」という意味です。柔道の自然体を思い起こさせますが,初めてこの言葉に触れたとき,わたしは証券運用を担当していました。「空思想」はまさに証券運用の「真髄」であると感銘したものでした。「この世の中のすべては,実体はなく,お互いの関係の中にあって,常に変化していく」と観じるならば,マーケットがどのように変化しても動じることはないからです。先の量子の特徴と「空の思想」は内容がほぼ一致しています。
〈その4〉「一即一切、一切一即」(華厳宗)
華厳経に「一即一切、一切一即」という言葉が出てきます。これは般若心経の「空思想」を華厳経に表現されたものです。「まず現象に目を向け、これを手掛かりとしていかなければならない。現象は実体がなく、あらゆることに関係しあうことによって現象として成立しているので、現象を見すえることで、一切が原因と条件によって関係しあいつつ動いているこの縁起の世界を体得できる。」(「般若心経 金剛般若心経」中村元・紀野一義訳注,岩波文庫,2001より)量子理論も相対性理論も,世界を分割不可能な全体としてみようとしている点では一致しています。量子論の重要な特徴点に「量子もつれ」があります。すでに説明しましたので省略いたしますが,この世界を構成している無数の量子は,お互いに関係しあって存在しているということです。これは文字通り,華厳経の「一即一切、一切一即」と同じ思想に立っています。
量子と東洋思想
吉成 正夫(東京都練馬区)
1.東洋思想と西洋の科学
東洋思想には仏教,禅宗,老荘思想などいろいろあります。思想的にはかなり通じるところがあります。その東洋思想が量子理論と親和性があることが判ってきました。数千年前からの東洋思想と20世紀以降の最新の物理学が同じ軌道を走りつつあるのです。東洋は自然を受け入れ自然の本質を洞察してきました。一方,西洋科学は,自然をいかに征服するかに努力し,自然を人間に相対立する存在と受け止めてきました。産業革命からガリレオ・ガリレイ,ニュートン力学の成果を踏まえて,20世紀の科学は目覚ましい飛躍を遂げました。しかし,周囲の自然に目を留めると,人間が築き上げてきた科学は自然全体のごく一部をなぞっているにすぎません。いわば可視光線の範囲内の科学にとどまっていました。可視光線を含む電磁波には無限の広がりがあります。動物や昆虫では人間がとらえることができない視力,聴力,嗅覚をもって餌を捉えています。
20世紀に入って,量子力学と相対性理論によって,わたしたちの感覚を超えた世界も科学の対象になってきました。これまでの科学は数学的アルゴリズムをベースに積み上げてきましたが,量子力学がはじめて自然のアルゴリズムの世界に分け入ってきました。ここに自然を直視する東洋思想と西洋の科学が同じ方向に向いてきました。
2.量子力学と東洋思想の親和性
〈その1〉ボーアの「相補性」
ボーアは量子の「波」と「粒子」,「位置」と「運動量」が一つの量子の中でお互いに補い合って存在する関係を「相補性」と名付けました。彼が中国に行ったときに老荘思想の陰陽思想と量子論の「相補性」の類似に深い感銘を受け,デンマーク政府にナイト爵を叙されたときに記念の紋章を作成し,陰陽思想を象徴する「大極図」を描いたそうです(「図解量子論」佐藤勝彦監修)。
〈その2〉湯川秀樹の中間子
湯川秀樹は1935年に,原子核内部において陽子と中性子を結合させる中間子の存在を理論的に予言して1947年にノーベル賞を受賞しました。
講演にあたって「自分は西洋科学から学ぶことはあまりなかったが、仏教には多くのことを教えられた」と述べ,色紙に直筆で「天地は大美有れども、而も言わず。四時は明法有れども、而も議せず。萬物は成理有れども、而も説かず。聖人は天地の美を原(たず)ねて萬物の理に達す」という意味の漢詩(荘子「知北篇」)を書きました。そうした発言に触発されて,当時の物理学者たちの間では湯川博士の着想にあやかろうとしてチベット詣が流行ったと伝えられています。
〈その3〉「般若心経」,「空の思想」
般若心経には「色即是空 空即是色」という有名な一節があります。「色」は「森羅万象」「この世の中」の意で,「空」は「実体がない」という意味です。この世の中のすべては「実体がなく,お互いのかかわりの中に存在し,しかも常に変化していく」という意味です。柔道の自然体を思い起こさせますが,初めてこの言葉に触れたとき,わたしは証券運用を担当していました。「空思想」はまさに証券運用の「真髄」であると感銘したものでした。「この世の中のすべては,実体はなく,お互いの関係の中にあって,常に変化していく」と観じるならば,マーケットがどのように変化しても動じることはないからです。先の量子の特徴と「空の思想」は内容がほぼ一致しています。
〈その4〉「一即一切、一切一即」(華厳宗)
華厳経に「一即一切、一切一即」という言葉が出てきます。これは般若心経の「空思想」を華厳経に表現されたものです。「まず現象に目を向け、これを手掛かりとしていかなければならない。現象は実体がなく、あらゆることに関係しあうことによって現象として成立しているので、現象を見すえることで、一切が原因と条件によって関係しあいつつ動いているこの縁起の世界を体得できる。」(「般若心経 金剛般若心経」中村元・紀野一義訳注,岩波文庫,2001より)量子理論も相対性理論も,世界を分割不可能な全体としてみようとしている点では一致しています。量子論の重要な特徴点に「量子もつれ」があります。すでに説明しましたので省略いたしますが,この世界を構成している無数の量子は,お互いに関係しあって存在しているということです。これは文字通り,華厳経の「一即一切、一切一即」と同じ思想に立っています。
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