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☆【隠居の世迷言】 
             病 人 の 目  

            小櫃 蒼平(神奈川県相模原市) 

善公 ご隠居,からだの具合がよくないと聞きましたが……。
隠居 このところ持病の腰痛に加えて不整脈が頻発するので,往生してます。まあ若いときの不摂生の報いですな。
善公 あたしも,酒の飲み過ぎで,藪庵先生のところへ通っています。
隠居 おたがいに気をつけなくちゃいけませんな。あたしの叔父はここ二年ほどの間に,前立腺癌(放射線治療),胃癌(七五%切除),そして先日大腸癌がみつかり,何もしなければ余命半年,抗癌剤使用で一年と宣告されたそうです。
善公 そりゃまたお気の毒に。なぜそんなことに……。
隠居 あたしの家系には癌で亡くなった者はいないし,何よりもかれ自身,毎年二泊三日の人間ドックでの検査をかかさなかったので,不運としかいいようがない。
善公 ……といって片付けられることではありませんがね。
隠居 たしかに。ところで話は変わりますが,先ほど腰痛の話をしましたが,じつはあたしの掛かり付けの整形外科では,最近医師の診察を受ける場合,電話での申し込み(自動音声)が必要になったんです。それはいいのですが,先日ぎっくり腰的な激痛(正確には脊椎管狭窄症の一時的悪化)で動けなくなったので,受付開始三分後に電話をしたのですが,すでに予約はいっぱい。本日の受付は終了というのです。たまたまそうだったのかもしれませんが, 「不運」というのは,案外そんなちょっとしたきっかけから生まれるのかもしれない,と暗い気持ちになりました。
善公 そんな弱気な……。でも「受付終了」は困りますね。たとえば定期的に治療を受けているような患者はどうなるんです。
隠居 あたしも定期的に注射を受けている口なんですが……。ふつう診療時間中に病院をたずねれば,よほどのことがないかぎり受診を断られることはない。假に医師の手に余ること,あるいは緊急を要することがあれば,然るべき医療施設に転送の手配をしてもらえます。でも電話受付,それも自動音声の応対では入口でストップ。お手上げです。
善公 それでどうしました。
隠居 こちらも必死でしたから,それとは別の電話にかけて事情を話し,せめて医師の指示をもらおうとしたのですが,応対に出た受付の女性が「いま先生は診療中なので電話は取り次げない」というので,しばらく押し問答しましたが,埒が明かない。端折っていえば,その間に腰の痛みが限界にきたので,とりあえずほかの病院をと思ったのですが,その日は土曜日でほとんどの病院は午後休診。仕方がないので救急車のお世話になり,当番病院で応急手当てを受けました。
善公 それはひどい目に合いましたね。
隠居 後日,その整形外科にふたたび通うようになったときに,医師に救急搬送を受けたことを話したら, 「そんなときはいつでも来てください」とさらりと受け流されました。医師も(今回の場合は)受付の女性も,電話申し込みシステムの盲点?についての理解がなかったので,その結果,ふたりの対応に齟齬をきたしたのです。誤解してほしくないのですが,あたしは病院を非難したいのではありません。電話受付には自分の順番が近づくと自動的に知らせてくれる機能もあって, 「待ち時間の間にちょっとした用事が果たせるのでありがたい」という声を耳にしたこともあります。もちろん病院にとってもメリットがあるのでしょう。でもここで考えたいのは,便利な受付電話は反面,その機能によっては,ときに緊急治療が必要な患者を排除することがあるかもしれないのです。つまり「本日の受付は終了」という,門前払いのような応対が組み込まれるのは困ります。
善公 ごもっとも。物商いの店が「品物が売り切れたので,本日の商い終了」というのとはわけがちがう。病院の場合は時に患者の生死にかかわります。
隠居 「医は仁術」という言葉があります。いつのころからか「医は仁術」の「術」(経営ということを含めて)の進歩ばかり声高に語られて, 「術」の有り様を規定する「仁」が見失われているようにおもいます。先端医療の技術的進歩に日々期待しながらも,どこかでドラマの「赤ひげ先生」にこころ魅かれるのは,そのひとつの証しではないでしょうか。 「仁」といっても,何もむずかしいことではない。病院をたずねるとそこに受付があり,たがいにあいさつを交わし,なじみであればその日の体調を気遣う,帰るときにはその季節に必要な注意がひと言そえられる ― いまでもそのように何気なく, 受付からすでに診療行為?がはじまる病院があります。電話受付もよい。でも病院の顔 ― 受付からはじまる診療が理想だとしたら,何とかその温みが感じられる電話受付のシステムが考えられないだろうか,緊急の場合の指示があるだけでもちがうのでは,というのが今日の結論。如何?
善公 ご隠居,いつかそうなりますよ。時代の進歩ってやつを信じましょうや。 
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