〈樹物語〉 柿 の 木
小櫃 蒼平(神奈川県相模原市)
今回の主役は柿の木である。子供のころ,夏休みや正月休みに房総半 島中央部にある母の生家によく遊びにいった。そのころ祖母はまだ元気で,初孫であったわたしをずいぶんとかわいがってくれた。
いまでもよく覚えているが,秋の一日,柿の木に登って残り少ない実をとっていると,祖母が「あとは鳥たちの分だ。そこでやめとけ」と言った。いまの言葉でいえば「共棲」の感覚とでもいったものが祖母にあったのだろう。わたしはその諭しに素直にしたがった。また,わたしが無理に実をとろうと細枝に足を掛けると,「 柿の木から落ちて骨を折ると,一生治らんぞ」と言った。柿の細枝が折れやすいことを知る,老人の知恵のひとつだったのだろう。
祖母の言葉が含意するものは稚いわたしにも納得できたが,母の口癖だった「柿の実を食べると,蔕がへそに巻きついて死ぬ」というのは理解できなかった。「 猫の毛が口に入ると,のどが腐る」というのも同じである。いま思えばそれらの呪文(?)は,好きなものを独占し,嫌いなものは遠ざけるという母の策略だったのだ。つまり「子供より親が大事」の実践だった。いまでもわたしが柿の実と猫を苦手とするのはその後遺症にちがいない。
旅の途中,農家の庭先などに色鮮やかな実をつけた柿の木を見ると,祖母と母を懐かしく思い出す。そして自分が彼女たちの死の年齢に近いことを知って,愕然とする。
― 「 柿食うや遠くかなしき母の顔 」
※「子供より親が大事」(太宰治「桜桃」/「太宰治全集 第九巻」筑摩書房」)
※「柿食うや……」(石田波郷/『基本季語500選』山本健吉/講談社学術文庫)
小櫃 蒼平(神奈川県相模原市)
今回の主役は柿の木である。子供のころ,夏休みや正月休みに房総半 島中央部にある母の生家によく遊びにいった。そのころ祖母はまだ元気で,初孫であったわたしをずいぶんとかわいがってくれた。
いまでもよく覚えているが,秋の一日,柿の木に登って残り少ない実をとっていると,祖母が「あとは鳥たちの分だ。そこでやめとけ」と言った。いまの言葉でいえば「共棲」の感覚とでもいったものが祖母にあったのだろう。わたしはその諭しに素直にしたがった。また,わたしが無理に実をとろうと細枝に足を掛けると,「 柿の木から落ちて骨を折ると,一生治らんぞ」と言った。柿の細枝が折れやすいことを知る,老人の知恵のひとつだったのだろう。
祖母の言葉が含意するものは稚いわたしにも納得できたが,母の口癖だった「柿の実を食べると,蔕がへそに巻きついて死ぬ」というのは理解できなかった。「 猫の毛が口に入ると,のどが腐る」というのも同じである。いま思えばそれらの呪文(?)は,好きなものを独占し,嫌いなものは遠ざけるという母の策略だったのだ。つまり「子供より親が大事」の実践だった。いまでもわたしが柿の実と猫を苦手とするのはその後遺症にちがいない。
旅の途中,農家の庭先などに色鮮やかな実をつけた柿の木を見ると,祖母と母を懐かしく思い出す。そして自分が彼女たちの死の年齢に近いことを知って,愕然とする。
― 「 柿食うや遠くかなしき母の顔 」
※「子供より親が大事」(太宰治「桜桃」/「太宰治全集 第九巻」筑摩書房」)
※「柿食うや……」(石田波郷/『基本季語500選』山本健吉/講談社学術文庫)
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