☆《自由広場》
私の量子ものがたり ⑦
量子と人間社会 （その1）
吉成 正夫（東京都練馬区）
１．「経済の不確実性」のヒントは量子理論にある
ここまでは量子の物理的な性質について述べてきました。物理学は門外漢ですので物理学の先生方の著書から人間行動に深くかかわると思われる量子の性質を引用させて頂きました。もちろん間違いないし勘違いがあれば私の責任です。
なぜこれほど量子に魅せられてしまったのでしょうか。それは，これまで考えあぐねてきた「経済の不確実性」を読み解く沢山のヒントがあるからです。これからのお話は，量子を人間行動・人間社会に関連づけて考察いたします。そして社会科学の中でも主として「経済・金融・証券」の領域です。量子力学は実験と数学に基づいています。もし社会科学の基礎に量子理論を置くことができるならば，社会科学は科学的な基礎のうえに現実の人間行動を解析できるのではなかと期待されます。そうした量子力学，生物科学，量子コンピュータなどの研究成果が社会科学と連携するならば，「経済・金融・証券」に新しい領野を開けるのではないでしょうか。
２．人間は量子でできている
量子は驚くほど，わたしたち人間に似ています。人間も他の生物も量子でできていますから当然かもしれませんが，両者のイメージには大変距離があります。
「見えない世界を科学する」（彩流社，2011）で，岸根卓郎京都大学名誉教授は，「この世は基本的に量子で成り立っており、いかなる生物（小宇宙）も自然（大宇宙）なしに存在しえず、自然を語るには、自然と人間の相互作用を考えざるを得ない」。「人間の本性は仏性（宇宙の本質）であるから、悟りとは、修行を通じてその仏性に立ち返ることである。禅こそは量子宗教である」と述べておられます。
岸根先生の高邁な理論に対して，同じ量子理論でも，私の場合は通俗的な問題意識です。量子の特性に基づいて，政治，経済，家族など，人間社会を考えるならば，さまざまな課題に対してより現実的な処方箋が得られるのではないかとの期待です。
量子の性格から改めて世の中を見直しますと目から鱗のことが数多くあります。文系か，理系か，文理融合か，とよく議論されますが，いまはＡＩ，ＩｏＴ, ロボットなどの科学技術が社会に占める比率が大きくなり， 文理一体の知識と発想が求められます。
３．「量子は粒子であって波である」
量子理論のなかで最も重要な性質です。
量子は普段は「ふわふわとした，あるか無いかわからないような存在」です。ところが「何か」に遭遇したとき，あるいは環境が変わったとき，粒子になって姿を現します。どこに現れるかは確率に従います。
そこから導かれる量子の特性は「相関性」「適応性」「たえざる変化」「多様性」「利己性」などで，人間と深いかかわりをもっています。
（１）相関性
量子は何かに出会ったとき反応するということは「相関性」がキイワードです。般若心経の「空の思想」の基本は「この世の中のすべてはお互いの関係のなかにある」，つまり「縁起=関係性」です。量子論と空の思想の根本は，ここでぴたりと符合します。
（２）環境への適応性
量子は，自分の存在をフルに発揮するよう行動します。環境適応力が極めて高く環境変化や他者との出会いにぱっと反応します。例を挙げますと、ダーウィンの進化論です。
ダーウィンは，1853年に南米エクアドルの沖，1000キロ沖合のガラパゴス諸島を訪れ，そこに棲む生物から「進化論」のヒントを得ました。そこに棲むダーウィンフィンチという小さな鳥の嘴はバラエティに富んでいます。キツツキフィンチの嘴は棘や枝を木の幹に差し込んで昆虫の幼虫を食べるように発達しました。カツオドリの背中に止まって血を吸うことのできる嘴，鳥の卵を岩にぶつけて卵白や黄身を食べるなど，嘴の基本形態は同じながら植生に対応して餌をとりやすいように嘴の先は14種類に分類されます。動植物たちは生きるために創意工夫を凝らし実に絶妙な進化を遂げています。これは量子のもつ特性である「相関性」「たえざる変化」の好個の事例です
（３）「絶えざる変化（無常）」「生き残るために変化する」
リチャード・ドーキンス（オックスフォード大学）は「利己的な遺伝子」（1989）を著しました。彼は，動物や人間社会で見られる，親子の対立と保護，雌雄の争い，攻撃や縄張りがなぜ進化したのかを解き明かしました。欧米で思想界をまきこんで大論争となりましたが，遺伝学の古典として高い評価を得ています。
過去の学説では，進化において重要なのは「種の保存」としていましたが，彼は「種
全体の繁栄は進化的に意味をなさない概念」と切り捨て，視点を個体から遺伝子に移
し替えました。人間を含め，あらゆる動物は遺伝子の単なる乗り物であり機械にすぎないとします。遺伝子と遺伝子の間の競争は激しく，その中で何百万年も生き抜いてきたのは，成功した遺伝子が「非情な利己主義」を持っていたためとします。遺伝子は前もって計画を立てることはせず，少しでも生存に勝つ見込みがあればチャンスに乗るだけです。そして量子も過去に引きずられることなく，環境変化があれば変化し適応します。「粒子であって波である」とはそういう意味が込められていると考えます。私たちは，過去のデータ，過去の事象を収集し分析し論理だてすることで相手を説得しようと試みます。そうした論理立てや理論は，現実問題に適応できていないのが最大の課題でした。量子論的には，過去を切り捨てて進んでいくのですから，過去のデータや事象に立脚した理論が変化する現実と乖離していくのは当然です。
「空の理論」の「無常」も「この世のすべては変化する」意味です。この世の中は変化することが当然であるとの前提に立たないとついていけません。またそのように考えますと歴史の変化を率直に受け入れることができます。
（４）多様性
量子がそのときどきの環境変化や出会いに適応していくということは，量子を基本構造としている人間や生物も実に多様な姿を現すことになります。
個々の人間を較べますと実に多様です。毛髪や目の色，肌の色などは主に遺伝子によるものです。指紋はもちろん眼の虹彩も個々の人間でみな違います。最近ではＡＩの顔認識システムで群衆のなかから犯罪者をピックアップしたことがニュースになっています。それもこれも量子がそのときどきの環境変化に相関し変化していくことからきていると考えられます。更には，国，歴史，宗教，地勢，家族の系列，教育によってもいろいろ影響を受けます。このように思考も性格も異なる人間それぞれが「利
己的遺伝子」を持って勝手な振る舞いをされては世の中が収まりません。多様な人間の集まりを，それぞれの利己性を最大限満足できるようにするのが政治，経済，文化
の課題です。人間社会の課題を量子の視点から考えていきますと，別の糸口が見つかるはずです。
（５）利己的な人間集団が形成する社会を考える…政治経済の一例
政治では，「効率」と「公平」の対立軸をめぐって共和党，民主党などの党派の綱引
きがあり，これに地域性，職業などが加わります。最近ではケータイやスマホで情報が瞬時に伝わりますから昔より統制が困難になりました。
経済でも，グローバル化の進展で，ＧＡＦＡ（米国のグーグル，アマゾン，フェイスブック，アップルの頭文字）などの少数の企業がプラットフォームを形成することで巨額の収益を上げやすくなりました。ＩＴ企業であってもＧＡＦＡが収益の大半を稼ぎ，それ以外のＩＴ企業は厳しい競争に曝されています。
ＡＩの進化によって，給料や報酬の高い弁護士，会計士，医師などの職業が浸食されて賃金の低いサービス業に流れる結果，労働分配率が低下しています。企業収益の一部を税として徴収することが考えられますが，企業はグローバル化しているので，タックス・ヘイブンなどに逃避して容易に捕捉できません。国際協調が望まれますが，各国の事情が異なり足並みを揃えにくいのです。このまま貧富の格差が拡大していきますと，世情が不安定化し，革命による所得調整も視野に入ってきます。 「ベーシック・インカム」の実験に入っている国が増えてきました。いまのところ，財源など多くの課題が残されているようです。資本主義経済が持続可能でないならば，21世紀の経済体制はどこへ向かうのでしょうか。「変化」を大前提に工夫のしどころです。
（６）まとめ：「量子は粒子であって波である」ことが示唆する人間社会
① わたしたちは，お互いの関わり合い（相関性）の中で成り立っている。
② わたしたちは，環境適応力が高い。
③ わたしたちは，生き残りをかけて絶えず「変化」していく。
④ わたしたちは，「多様」な集団を形成し，それぞれ「利己的」に行動する。
⑤ わたしたちは，「曖昧模糊」として「矛盾」だらけの存在である。
⑥ わたしたちは，「協調」と「対立」のなかで行動し「歴史」を作る。
⑦ 量子は，「過去」は「過去」として振り返らない。「未来」は不確実で，わたしたちの行動の結果としてあるものです。わたしたちにとって「現在」がすべてです。
「経済・金融・証券」の時間軸への向き合い方は，「現在」をいかに把握するかで「未来」は予測しがたいものであって洞察力の勝負です。 （「量子と人間社会（その２）」に続く。）
私の量子ものがたり ⑦
量子と人間社会 （その1）
吉成 正夫（東京都練馬区）
１．「経済の不確実性」のヒントは量子理論にある
ここまでは量子の物理的な性質について述べてきました。物理学は門外漢ですので物理学の先生方の著書から人間行動に深くかかわると思われる量子の性質を引用させて頂きました。もちろん間違いないし勘違いがあれば私の責任です。
なぜこれほど量子に魅せられてしまったのでしょうか。それは，これまで考えあぐねてきた「経済の不確実性」を読み解く沢山のヒントがあるからです。これからのお話は，量子を人間行動・人間社会に関連づけて考察いたします。そして社会科学の中でも主として「経済・金融・証券」の領域です。量子力学は実験と数学に基づいています。もし社会科学の基礎に量子理論を置くことができるならば，社会科学は科学的な基礎のうえに現実の人間行動を解析できるのではなかと期待されます。そうした量子力学，生物科学，量子コンピュータなどの研究成果が社会科学と連携するならば，「経済・金融・証券」に新しい領野を開けるのではないでしょうか。
２．人間は量子でできている
量子は驚くほど，わたしたち人間に似ています。人間も他の生物も量子でできていますから当然かもしれませんが，両者のイメージには大変距離があります。
「見えない世界を科学する」（彩流社，2011）で，岸根卓郎京都大学名誉教授は，「この世は基本的に量子で成り立っており、いかなる生物（小宇宙）も自然（大宇宙）なしに存在しえず、自然を語るには、自然と人間の相互作用を考えざるを得ない」。「人間の本性は仏性（宇宙の本質）であるから、悟りとは、修行を通じてその仏性に立ち返ることである。禅こそは量子宗教である」と述べておられます。
岸根先生の高邁な理論に対して，同じ量子理論でも，私の場合は通俗的な問題意識です。量子の特性に基づいて，政治，経済，家族など，人間社会を考えるならば，さまざまな課題に対してより現実的な処方箋が得られるのではないかとの期待です。
量子の性格から改めて世の中を見直しますと目から鱗のことが数多くあります。文系か，理系か，文理融合か，とよく議論されますが，いまはＡＩ，ＩｏＴ, ロボットなどの科学技術が社会に占める比率が大きくなり， 文理一体の知識と発想が求められます。
３．「量子は粒子であって波である」
量子理論のなかで最も重要な性質です。
量子は普段は「ふわふわとした，あるか無いかわからないような存在」です。ところが「何か」に遭遇したとき，あるいは環境が変わったとき，粒子になって姿を現します。どこに現れるかは確率に従います。
そこから導かれる量子の特性は「相関性」「適応性」「たえざる変化」「多様性」「利己性」などで，人間と深いかかわりをもっています。
（１）相関性
量子は何かに出会ったとき反応するということは「相関性」がキイワードです。般若心経の「空の思想」の基本は「この世の中のすべてはお互いの関係のなかにある」，つまり「縁起=関係性」です。量子論と空の思想の根本は，ここでぴたりと符合します。
（２）環境への適応性
量子は，自分の存在をフルに発揮するよう行動します。環境適応力が極めて高く環境変化や他者との出会いにぱっと反応します。例を挙げますと、ダーウィンの進化論です。
ダーウィンは，1853年に南米エクアドルの沖，1000キロ沖合のガラパゴス諸島を訪れ，そこに棲む生物から「進化論」のヒントを得ました。そこに棲むダーウィンフィンチという小さな鳥の嘴はバラエティに富んでいます。キツツキフィンチの嘴は棘や枝を木の幹に差し込んで昆虫の幼虫を食べるように発達しました。カツオドリの背中に止まって血を吸うことのできる嘴，鳥の卵を岩にぶつけて卵白や黄身を食べるなど，嘴の基本形態は同じながら植生に対応して餌をとりやすいように嘴の先は14種類に分類されます。動植物たちは生きるために創意工夫を凝らし実に絶妙な進化を遂げています。これは量子のもつ特性である「相関性」「たえざる変化」の好個の事例です
（３）「絶えざる変化（無常）」「生き残るために変化する」
リチャード・ドーキンス（オックスフォード大学）は「利己的な遺伝子」（1989）を著しました。彼は，動物や人間社会で見られる，親子の対立と保護，雌雄の争い，攻撃や縄張りがなぜ進化したのかを解き明かしました。欧米で思想界をまきこんで大論争となりましたが，遺伝学の古典として高い評価を得ています。
過去の学説では，進化において重要なのは「種の保存」としていましたが，彼は「種
全体の繁栄は進化的に意味をなさない概念」と切り捨て，視点を個体から遺伝子に移
し替えました。人間を含め，あらゆる動物は遺伝子の単なる乗り物であり機械にすぎないとします。遺伝子と遺伝子の間の競争は激しく，その中で何百万年も生き抜いてきたのは，成功した遺伝子が「非情な利己主義」を持っていたためとします。遺伝子は前もって計画を立てることはせず，少しでも生存に勝つ見込みがあればチャンスに乗るだけです。そして量子も過去に引きずられることなく，環境変化があれば変化し適応します。「粒子であって波である」とはそういう意味が込められていると考えます。私たちは，過去のデータ，過去の事象を収集し分析し論理だてすることで相手を説得しようと試みます。そうした論理立てや理論は，現実問題に適応できていないのが最大の課題でした。量子論的には，過去を切り捨てて進んでいくのですから，過去のデータや事象に立脚した理論が変化する現実と乖離していくのは当然です。
「空の理論」の「無常」も「この世のすべては変化する」意味です。この世の中は変化することが当然であるとの前提に立たないとついていけません。またそのように考えますと歴史の変化を率直に受け入れることができます。
（４）多様性
量子がそのときどきの環境変化や出会いに適応していくということは，量子を基本構造としている人間や生物も実に多様な姿を現すことになります。
個々の人間を較べますと実に多様です。毛髪や目の色，肌の色などは主に遺伝子によるものです。指紋はもちろん眼の虹彩も個々の人間でみな違います。最近ではＡＩの顔認識システムで群衆のなかから犯罪者をピックアップしたことがニュースになっています。それもこれも量子がそのときどきの環境変化に相関し変化していくことからきていると考えられます。更には，国，歴史，宗教，地勢，家族の系列，教育によってもいろいろ影響を受けます。このように思考も性格も異なる人間それぞれが「利
己的遺伝子」を持って勝手な振る舞いをされては世の中が収まりません。多様な人間の集まりを，それぞれの利己性を最大限満足できるようにするのが政治，経済，文化
の課題です。人間社会の課題を量子の視点から考えていきますと，別の糸口が見つかるはずです。
（５）利己的な人間集団が形成する社会を考える…政治経済の一例
政治では，「効率」と「公平」の対立軸をめぐって共和党，民主党などの党派の綱引
きがあり，これに地域性，職業などが加わります。最近ではケータイやスマホで情報が瞬時に伝わりますから昔より統制が困難になりました。
経済でも，グローバル化の進展で，ＧＡＦＡ（米国のグーグル，アマゾン，フェイスブック，アップルの頭文字）などの少数の企業がプラットフォームを形成することで巨額の収益を上げやすくなりました。ＩＴ企業であってもＧＡＦＡが収益の大半を稼ぎ，それ以外のＩＴ企業は厳しい競争に曝されています。
ＡＩの進化によって，給料や報酬の高い弁護士，会計士，医師などの職業が浸食されて賃金の低いサービス業に流れる結果，労働分配率が低下しています。企業収益の一部を税として徴収することが考えられますが，企業はグローバル化しているので，タックス・ヘイブンなどに逃避して容易に捕捉できません。国際協調が望まれますが，各国の事情が異なり足並みを揃えにくいのです。このまま貧富の格差が拡大していきますと，世情が不安定化し，革命による所得調整も視野に入ってきます。 「ベーシック・インカム」の実験に入っている国が増えてきました。いまのところ，財源など多くの課題が残されているようです。資本主義経済が持続可能でないならば，21世紀の経済体制はどこへ向かうのでしょうか。「変化」を大前提に工夫のしどころです。
（６）まとめ：「量子は粒子であって波である」ことが示唆する人間社会
① わたしたちは，お互いの関わり合い（相関性）の中で成り立っている。
② わたしたちは，環境適応力が高い。
③ わたしたちは，生き残りをかけて絶えず「変化」していく。
④ わたしたちは，「多様」な集団を形成し，それぞれ「利己的」に行動する。
⑤ わたしたちは，「曖昧模糊」として「矛盾」だらけの存在である。
⑥ わたしたちは，「協調」と「対立」のなかで行動し「歴史」を作る。
⑦ 量子は，「過去」は「過去」として振り返らない。「未来」は不確実で，わたしたちの行動の結果としてあるものです。わたしたちにとって「現在」がすべてです。
「経済・金融・証券」の時間軸への向き合い方は，「現在」をいかに把握するかで「未来」は予測しがたいものであって洞察力の勝負です。 （「量子と人間社会（その２）」に続く。）
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 「日本語」って不思議な言葉ですね！（その7） |
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 『句文集 夢はごちそう』 |