有限会社 三九出版 - 古希過ぎて,直木賞読破 ⑶


















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☆《自由広場》 

          古希過ぎて,直木賞読破 ⑶ 

             伊藤 晃(埼玉県所沢市) 

 今度は文体の癖のことですが,これも一人だけ挙げれば,山崎豊子は長い文章が続くのがその後の作品(「不毛地帯」「大地の子」「沈まぬ太陽」等)の特色ですが,受賞作の「花のれん」でもだらだらと続く文章が出てきたので,つい字数を数えてみたら一つの文章の中に,なんと270字もあって思わず笑ってしまいました。
 ここで私の「勝手格付け」の一部として23人のⅤランク作者の中からあえて,ベストセブンを選ばせていただきます。
① 水上 勉 「雁の寺」(第45回,昭和36年下半期):住職とその妾,そして孤児の小僧が住む京都の禅寺で起きたことは? 詩情豊かに愛と憎しみを描き,展開が面白くしかも文学性が極めて高い。
② 朝井まかて 「恋歌(れんか)」(第150回,平成25年下半期):江戸末期水戸藩の「天狗党の乱」に巻き込まれた女性の一生。物語が面白く息をつかせず読ませる。主人公の勇気ある生き方や,牢内での子供たちのけなげさに泣ける。
③ 佐木隆三 「復讐するは我にあり」(第74回,昭和50年下半期):実在した連続強盗殺人犯の小説化。残忍・冷酷で狡猾な犯人の心の闇に迫り,人間とは何か考えさせられるノンフィクションノベルの傑作。
④ 坂東眞砂子 「山妣(やまはは)」(第116回,平成8年下半期):明治初年,新潟の山深い集落を舞台にした因果物語。不幸な生まれや恵まれない育ちの人たちの必死な生き方に拍手。
⑤ 熊谷達也 「邂逅の森」(第131回,平成16年上半期):秋田マタギの波乱万丈の物語。厳しい自然やマタギの生活の描写抜群で人間もよく書けている。
⑥ 古川 薫 「漂泊者のアリア」(第104回,平成2年下半期):混血児として差別されながら大成した声楽家藤原義江の一生。主人公の恵まれない生い立ちに由来する金銭や異性関係での奔放さの裏に人間としての深い苦悩を見る。
⑦ 芦原すなお 「青春デンデケデケデケ」(第105回,平成3年上半期):1960年頃の四国のバンド好き高校生の自伝的青春物語。抱腹絶倒の面白さの中で登場人物がイキイキと動き回る。
なお,私がⅠ(「ひどい、読まなければよかった!」)を付けさせていただいた作品が四つあるのですが,字数の関係でここにご紹介できないことが残念です。
 最後に,古希を過ぎてから,約一年半にわたって集中的に183以上の直木賞作品を読破した感想です。
 第一に「歌は世につれ、世は歌につれ」といいますが,同じように「小説は世につれ、世は小説につれ」です。戦前の直木賞作品は時代の風潮に影響され,滅私奉公等の儒教的精神を謳ったものや戦争を肯定的に描いたものも多く,この時代の16人の作品は概して生真面目で面白いものが少なく,私の評価ではⅤ評価のものは一つもありませんでした。
 逆に戦後から昭和三十年代の作品は戦前の儒教的な教えの反動から人間の欲望を肯定的に扱った作品や反戦をテーマにしたものも多く,「ホンネ」が出ていて面白い作品がたくさんありました。
 これを見ると,文学が戦前は儒教的精神を国民に広め戦争遂行の手助けをし,戦後は一転して欲望の追及を是とする風潮や反戦の機運を広めたことがわかります。
 欲望の追及を肯定する風潮は旺盛な消費需要を生み,その後の日本高度経済成長の原動力の一つとなりました。また,反戦思想は現在も続く国民の根強い平和志向のルーツの一つになっているものと思われます。まさに,「小説は世につれ、世は小説につれ」です。
 一方で,あの無謀な太平洋戦争に至った原因の一つが新聞各紙の営業政策による戦争を煽るような記事や,戦争を賛美するような小説にあったことを考え併せると,メディアや文学界の方々には時流に乗るだけではなく自分たちの立ち位置を確認して仕事の責任の重さを感じていただきたいと思うのは私だけでしょうか。
 第二に個人的な体験としては,作品を読みながら登場人物に感情移入し苦難や喜び・強烈なエゴや気高い自己犠牲などを共有することができました。これによって私の物の見方は従来に比べて多少幅が広がり,あまり物事にこだわらなくなったような気がします。
 おかげで最近ではカミさんともあまり喧嘩をしなくなりました。直木賞がわが家の平和維持に大きく貢献したと感謝する今日この頃です。 
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