有限会社 三九出版 - 〈樹物語〉   公 孫 樹


















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                   〈樹物語〉公 孫 樹 

             小櫃 蒼平(神奈川県相模原市) 

 公孫樹といえば,右大臣源實朝を刺殺した公暁が隠れていたという,鎌倉八幡宮の大公孫樹が有名である。『吾妻鏡』に「(實朝が)神拝事終りて、漸く退出せしめ給ふの處、當宮の別當阿闍梨公暁、石階の際に窺ひ来り、劒を取りて丞相を侵し奉る」とある。大公孫樹は,その「石階の際に」あったといわれている。たしか颱風か何かで倒れて新聞を賑わしたが,いまはその跡に若木が植えられているはずである。
 有名といえば,東京の神宮外苑の公孫樹並木がすぐに思い出される。その季節になると,都会の秋の風物詩として新聞やテレビに取りあげられることが多い。わたしがよく訪れる団地の近くに,約百メートルほどの公孫樹並木があるが,黄葉の最盛期には,そこを通るすべてのものが真っ黄色に染まるかと思うほどの黄金色の光に包まれる。毎年わたしは形のいい葉を何枚かえらんで,厚い辞書の間に挟んで押し葉を作るが,(あたりまえのことだが)出来上がったものからは黄金の輝きは失われ,老いさらばえたおのれの肌を見るような寒々しい形骸をみることになる。
 公孫樹のおまけは〈ギンナン〉。 酒のあてとして好まれるが,樹から落ちた種子の発する外種皮特有の悪臭には閉口する。狂暴な生命のにおいがそこにある。この生命の滾りあっての黄葉,ギンナンの味わいであろうか。 
 「暮れてなほ公孫樹もみぢの明るけれ」。

 ※「吾妻鏡 四」(龍 粛/岩波文庫)
 ※「暮れてなほ……」(辻本草城/『木々百花撰』髙橋治/朝日文庫) 
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