有限会社 三九出版 - 古希過ぎて,直木賞読破 ⑵


















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☆《自由広場》 

            古希過ぎて,直木賞読破 ⑵ 

               伊藤 晃(埼玉県所沢市) 

 この,面白さと文学性という矛盾しがちな要素が小説の永遠の課題であることは選考委員会でもしばしば問題になるところで,最近では第145回の受賞作「下町ロケット」(池井戸 潤) の選考委員会でも話題になりました。この小説は一種の企業ものでとても面白いのですが,登場人物がステレオタイプで読後に残るものはあまりありませんでした。選考委員会で渡辺淳一が「直木賞は文学賞なのだから,ただ面白ければいいというものではない」という趣旨の苦言を呈しています。
 これらを考えると,傑作小説とは面白さと文学性という両立しにくい二つの要素が高いレベルでバランスしていることにより「面白くてしかも感動した,もう一度読んでみたい!」と思わせる作品ではないでしょうか。
 さて,183人の作家の受賞対象全作品を読み終えての私の総合評価の分布は,Ⅴランクが23人,Ⅳランクは65人,Ⅲランクが65人,Ⅱランクは26人,Ⅰランクは4人でした。 さすがに直木賞受賞作品だけあって,ⅠやⅡは少なくてⅤやⅣが多いのです。
 ところで,この私の総合評価の中身を自分で客観的に見てみると,評価にあたってはどうしても自分の好みが出ていることは白状しなくてはなりません。
 私の好きな小説のジャンルは,歴史ものや実録もので,特に人間の心の闇を描くことによって人間とは何かを問う作品が好みで,これらの作品群は面白く読め,評価が高くなりがちです。一方,恋愛小説などは飽きてしまい,どうしても評価が低くなるのは否めませんでした。また長編が好みで,短編は料理で例えれば前菜だけ食べさせられて終わってしまうような感じです。
 一冊を読了後パソコンに感想文と評価を書いた後で,インターネットで受賞作品の「選評の概要」を見ることにしました。
 「選評の概要」は直木賞選考委員たちの評価コメントをインターネットサイト「直木賞のすべて」の管理人がコンパクトにまとめたものです。
 これを見ていて面白いのは選考委員もまた,自身の作品ジャンルによって作品の評価に微妙な傾向があることです。
歴史ものを得意とする委員は歴史ものには比較的甘く,現代恋愛小説等には辛い,また恋愛小説が得意な作者は推理ものやハードボイルドものには辛いという傾向があると見たのは私の思い過ごしでしょうか。
 さて,前述の私なりの五段階評価のうち,私がⅠかⅡという低い評価をした作品については,どうしてこれが直木賞を受賞したのか不審に思い,特に慎重に「選評の概要」を読みました。
 その結果わかったことは,これらの作品の多くは選考委員会でも評価が低く,受賞について議論が分かれた作品でした。それなのに,なぜ受賞したかというとその理由は次のようなものが多いことに気がつきました。
(「 」内は「選評の概要」からの抜粋。( )内はそれについての私の感想)
① 「作者は何回も候補になりながら受賞の機会がなかった。今回の作品については議論があるが、作者の能力は十分に受賞の水準に達している」(要するに「ご苦労さんで賞」ということ。選考委員会は作家業界の生活互助会なのか? これでは読者はたまらない!)
② 「〇〇委員の強い推薦があった」(選考委員会は文壇の大御所委員たちの貸し借りで運営しているのか? これも読者はたまりません)
 選考委員の大先生たちも所詮は神ならぬ身だから完璧ではないが,直木賞のレベル
を向上させるためには情実を排し,ダメなものはダメという厳しいスタンスが求められるのではないでしょうか。
 ところで, 受賞を契機にその後大きく成長した作家にはどんな人がいるでしょうか。一人だけ例を挙げれば,司馬遼太郎(第42回・昭和34年下半期,「梟の城」,受賞時年齢36歳)です。しかし受賞作の「梟の城」は,舞台を秀吉時代におき,忍者の世界を描いているのですが,長いだけの娯楽小説で話も面白くもなく,文学性も低いと思いました。がっかりして総合評価で下から二番目の「Ⅱ」を付けました。ところが「選評の概要」を見ると選考委員9人の評価は比較的高く,その一人である吉川英治が「このスケールの大きな作家は今後必ず衆望にこたえて新しい領野を見せてくれるに違いない」と言っています。
 その後まさにそのとおりになったわけで,私はこの点では選考委員たちの先見の明に脱帽です。(でも,私にはやはりⅡです……) 
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