有限会社 三九出版 - 清潔に生きること


















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☆【隠居の世迷言】 

             清潔に生きること 

            小櫃 蒼平(神奈川県相模原市) 

善公 ご隠居,空を見上げて何を考えているんです?
隠居 「寂しいときは/大空を 仰ぐがよい」といった詩人がいました。昨年から今年にかけて恩師や知人を亡くしましたが,この歳になると,身近な人間の死はひどくこたえます。でもあの空の何処かにかれらの魂がとどまっている,流れゆく雲はかれらの魂そのものだ,と考えると,ずいぶんとこころ癒されます。
善公 夏真っ盛りだというのに,こころは秋といった心境ですか。
隠居 恩師や知人の死もさることながら,先だって亡くなった歌舞伎の市川海老蔵夫人の麻央さんは気の毒でしたな。芸能ニュースにはそれほど関心がないので,たまたま目に入った情報(新聞・テレビ。そのほんの一部)による感想ですが……。闘病,そしてその死は,洵に〈清潔〉なものに感じられました。小説家の井上靖の詩の一節 ― 「ひとり 恒星群から脱落し、天体を落下する星というものの終焉のおどろくべき清潔さ」をおもいだしました。
善公 海老蔵さんが涙で目をうるませながら,でも気丈に記者会見する姿がなんとも痛々しいものでした。
隠居 そうでしたな。ともすると過剰に表現される悲しみの感情を,海老蔵さんはみごとに抑制された言葉で〈清潔〉に話されていましたね。
善公 ところでご隠居。さかんに〈清潔〉を強調されますが……?
隠居 昨今〈清潔〉なものにお目にかかる機会がすくなくなったではありませんか。あたしは「よごれがなくきれいなこと。―(略)― 人格や品行がきよくいさぎよいこと」という意味で〈清潔〉という言葉を使っていますが,自分の病いが絶望的なものだと知ってからの麻央さんの生き方はとてもりっぱだったとおもいます。
善公 麻央さんはブログを立ち上げましたよね。
隠居 「KOKORO」というブログをね。人間ですからそうそうりっぱな貌だけを見せて生きられるもんじゃない。いやな面もあったにちがいない。でも歌舞伎の名門の若奥様になり,しかもふたりのお子たちに恵まれて,いわば人生の華やぎの時に奈落の底におとされたわけです。その人間が「一度きりの人生なので、なりたい自分になろう」と決心し,病いと闘う自分の貌を「いさぎよく」ブログに
―8―
さらし,同じ病いのひとたちに希望を語りかける,これは体裁だけでできるものではありません。加えて,亡くなる二日前のブログで(推測すれば体力。気力は限界のはず),「ここ数日、絞ったオレンジジュースを毎朝飲んでいます。……朝から笑顔になれます。皆様にも、今日 笑顔になれることがありますように」と,他者への思いやりを示しました。この勁さは〈愛〉なくしては生まれない。海老蔵さんは会見のなかで,「笑顔と勇気と愛情。そして、決してぶれない自分、どんな状況でも相手のことを思いやる気持ち、愛ですよね。そういった力が最後まであった」と言っています。「人生で一番泣いた日です」という言葉とともに,麻央さんには最上の贈り物です。
善公 麻央さんの仕事仲間だったアイドルグループ嵐の櫻井翔さんが「家族を失ったような気持ちでいっぱいです」といっています。
隠居 麻央さんのお人柄がよく分かります。ところで,ここからは〈清潔さ〉のひとかけらも感じられないひとたちの話。たとえば森友学園問題,加計学園問題における安倍首相(その夫人),関係閣僚,関係官僚のありかたはどうです? 森友学園問題は,肝心の国有地売却にかかわる疑惑が,森友学園の籠池前理事長の補助金不正受給の詐欺疑惑にすり替えられつつあります。(籠池氏の人間性については別問題)。一方,加計学園問題では「総理のご意向」などと書かれた一連の文書が出てきて,内閣府と文科省が対立(ときには共同)しています。政権側は,最初は文書の存否をかたくなに拒んでいましたが,内外に批判が出るに及んで,一応「徹底的な調査を行う方針」に変わります。しかしこれも萩生田官房副長官の「資料が実在したとしても,その紙自体が正しいかどうかは別の話だ」という未練を引きずっていますから,そう簡単に政権側が落城するとはおもえません。前川前文科事務次官の発言,衆参両院の参考人としての招致(政府側のキーパーソンは出席せず)があっても,おそらくこの問題はその核心が瞭らかにならないまま終息する予感がします。なぜならそこに「忖度」という,制度に内在するブラックな機能(特効薬)が存在するからです。でもほんとうの理由は〈清潔〉であろうとする人間が不在であるでということなんでしょうかね。
善公 麻央さんの清潔だった生き方がいつまでも記憶されるといいですがね。
※参考資料1:『朝日新聞』(2017.5.13/2017.5.25/2017.6.10/2017.6.17/2017.6.24/2017.7,11) ※参考資料2:「寂しいときは/……」(「心」八木重吉/『八木重吉詩集 花と空と祈り』弥生書房) ※参考資料3:「広辞苑 第六版」岩波書店 ※参考資料4:「ひとり恒星群から脱落し……」(「流星」井上靖/『現代詩人全集 第7巻 近代Ⅲ』角川文庫) 
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