東日本大震災私は忘れない
あれから6年,「報道」に思う
笹氣 光祚(宮城県仙台市)
「未曾有の大震災」もさすがに6年も経つと,人々の話題になる機会も減ってくる。
何しろ一千年に一度,の大津波であった。もし,地震だけで津波がなかったら……と考えると,被害はまるで違ったものだったはずだ。これまでも数多く「津波警報」は出ていたが,大抵は数cm程度。まさか10mを超えるものなんて……誰も想像しなかった……。被災直後に現地に入った時に,3階の窓に乗用車が飛び込んでいたし,魚市場の屋根の上に漁船が鎮座していたし,引き波の威力で樹木が海に向かって倒れている姿を見せつけられて,正直背筋が寒くなったことを思い出す。
6年という歳月を経て,護岸工事や防潮堤の工事はまだ全体的に2割程度しか出来ていない。本来の自宅生活に戻れない人々が10数万人いるという現状を見るにつけ,被災された方々が一日も早く立ち直って,本来の生活に戻っていただきたい,と思う。
こうしたことが頭の片隅に残って離れない日常の中で,〈報道の在り方〉について考えさせられることがある。震災被害では被災者それぞれが大変な体験をしている。しかしその後の余震の際に,テレビで現地報告をするリポーターの男がなぜヘルメットをかぶっていたのか? 議員や役人が作業着を着て現地入りしなければならないのか? さらに,彼らは「悲しそうな顔」をしなければならない? 等々。完全復興には程遠い現状を見るにつけ,これらを不思議に思う,のは私の偏屈な性格のせいか?
もっと解せないのは,避難誘導の責任を問う訴訟が起こっていること。小生の被災地での正直な感想は「こんな所まで津波? 誰も考えたことがない」の一言であった。小生が見たのはどの場所も海など全く見えない所での被災だ。北上川では河口から20数キロ上流まで波が来た,と報告されている。多賀城市は海に面していないのに津波被害に遭っている。仙台市の海岸沿いは県道から全く海が見えなかったのに,今は素晴らしい見晴らし?だ。そんな想定外の出来事だったのに,海から遠く離れた所で被災した小学生を引率した教師の学校側の誘導責任を問う裁判が起こされている。裁判を起こした人に「貴兄が誘導者だったら?」と聞いてみたくなる。確かに,身内を失ったのだから本当に気の毒ではある。しかし津波の責任をヒトに取らせてもいいのだろうか,という思いもある。なのに,テレビも新聞も,報道は訴訟し,勝訴するのが正しいように為されている。一方では,親を亡くした子供の後見人が多額の義援金を着服したことなどの扱いは実に淡泊だし,支援金を受け取った人々で沿岸部のパチンコ屋は連日満員という報道にはまだお目にかからない……のである。
さらにひどいのが,原子力発電所の被害および被害者についての報道。本誌の前号での安達氏の文にもあるように,被害は原発周辺だけではなく,避難した人々,農産物・海産物の不買運動,避難者へのイジメという事態までに広がっている。しかしこれらについての報道は通り一遍のものでしかないように思われる。報道における震災の風化とも言えようか。申すまでもなく,現代の生活に「電力」は不可欠必須のものである。しかしその電力を得る方法として原子力を使ってもいいのだろうか。科学には疎いので詳細は分からないが,「核分裂制御」は,現状ではできていないと思う。核分裂はかなりの長期間を経過しないと収束しないとのこと。そのようなものを利用すべきなのか。また、電力会社の収支計算とは別に,国から発電所周辺の自治体に「交付金(危険手当?)」が支給されているが,それも「原価」に算入すべきではないのか。そうなったときに,他の発電原価との比較はどうなるのか? 明らかに高額になるような気がする。こうした細かいことまでも地道に,継続的に報道されているマスメディアにお目にかかったことがない。
話はずれるが,最近のマスメディアは世の中の出来事を「芸能界の出来事」のような感覚で報道し,犯人探しが目的での報道をしているのが気にかかる。さらにそれがほかにも影響を及ぼし,またマスコミを意識するあまりに,国をはじめとする「議会」でも,議員が本来の役割を忘れたかのような言動に走っていないだろうか。そうだとすれば,マスコミはその使命と影響力について認識し直さなければならないのではないか。大震災について,芸能界の噂話と同様に報道されてはたまらないからである。
最後にもう一つ。どこのテレビ局でも新聞社でも,昼夜朝夕にかかわらずほとんど同じことの報道のみである。確かに“視聴率”“販売部数”とやらを上げないと成立しない業界だろうが,十人(社?)十色,もっと様々な視点から実態の真実を伝える工夫ができないものかと思う。
「過去は戻ってこない」とよく言われるが,あの被災,そしてその後のメディアを含めた多くの人々の対応も,決して忘れられない。それでも今は「前を向こう‼ 新しい明日を生きていこう‼」と自分に言い聞かせている。
あれから6年,「報道」に思う
笹氣 光祚(宮城県仙台市)
「未曾有の大震災」もさすがに6年も経つと,人々の話題になる機会も減ってくる。
何しろ一千年に一度,の大津波であった。もし,地震だけで津波がなかったら……と考えると,被害はまるで違ったものだったはずだ。これまでも数多く「津波警報」は出ていたが,大抵は数cm程度。まさか10mを超えるものなんて……誰も想像しなかった……。被災直後に現地に入った時に,3階の窓に乗用車が飛び込んでいたし,魚市場の屋根の上に漁船が鎮座していたし,引き波の威力で樹木が海に向かって倒れている姿を見せつけられて,正直背筋が寒くなったことを思い出す。
6年という歳月を経て,護岸工事や防潮堤の工事はまだ全体的に2割程度しか出来ていない。本来の自宅生活に戻れない人々が10数万人いるという現状を見るにつけ,被災された方々が一日も早く立ち直って,本来の生活に戻っていただきたい,と思う。
こうしたことが頭の片隅に残って離れない日常の中で,〈報道の在り方〉について考えさせられることがある。震災被害では被災者それぞれが大変な体験をしている。しかしその後の余震の際に,テレビで現地報告をするリポーターの男がなぜヘルメットをかぶっていたのか? 議員や役人が作業着を着て現地入りしなければならないのか? さらに,彼らは「悲しそうな顔」をしなければならない? 等々。完全復興には程遠い現状を見るにつけ,これらを不思議に思う,のは私の偏屈な性格のせいか?
もっと解せないのは,避難誘導の責任を問う訴訟が起こっていること。小生の被災地での正直な感想は「こんな所まで津波? 誰も考えたことがない」の一言であった。小生が見たのはどの場所も海など全く見えない所での被災だ。北上川では河口から20数キロ上流まで波が来た,と報告されている。多賀城市は海に面していないのに津波被害に遭っている。仙台市の海岸沿いは県道から全く海が見えなかったのに,今は素晴らしい見晴らし?だ。そんな想定外の出来事だったのに,海から遠く離れた所で被災した小学生を引率した教師の学校側の誘導責任を問う裁判が起こされている。裁判を起こした人に「貴兄が誘導者だったら?」と聞いてみたくなる。確かに,身内を失ったのだから本当に気の毒ではある。しかし津波の責任をヒトに取らせてもいいのだろうか,という思いもある。なのに,テレビも新聞も,報道は訴訟し,勝訴するのが正しいように為されている。一方では,親を亡くした子供の後見人が多額の義援金を着服したことなどの扱いは実に淡泊だし,支援金を受け取った人々で沿岸部のパチンコ屋は連日満員という報道にはまだお目にかからない……のである。
さらにひどいのが,原子力発電所の被害および被害者についての報道。本誌の前号での安達氏の文にもあるように,被害は原発周辺だけではなく,避難した人々,農産物・海産物の不買運動,避難者へのイジメという事態までに広がっている。しかしこれらについての報道は通り一遍のものでしかないように思われる。報道における震災の風化とも言えようか。申すまでもなく,現代の生活に「電力」は不可欠必須のものである。しかしその電力を得る方法として原子力を使ってもいいのだろうか。科学には疎いので詳細は分からないが,「核分裂制御」は,現状ではできていないと思う。核分裂はかなりの長期間を経過しないと収束しないとのこと。そのようなものを利用すべきなのか。また、電力会社の収支計算とは別に,国から発電所周辺の自治体に「交付金(危険手当?)」が支給されているが,それも「原価」に算入すべきではないのか。そうなったときに,他の発電原価との比較はどうなるのか? 明らかに高額になるような気がする。こうした細かいことまでも地道に,継続的に報道されているマスメディアにお目にかかったことがない。
話はずれるが,最近のマスメディアは世の中の出来事を「芸能界の出来事」のような感覚で報道し,犯人探しが目的での報道をしているのが気にかかる。さらにそれがほかにも影響を及ぼし,またマスコミを意識するあまりに,国をはじめとする「議会」でも,議員が本来の役割を忘れたかのような言動に走っていないだろうか。そうだとすれば,マスコミはその使命と影響力について認識し直さなければならないのではないか。大震災について,芸能界の噂話と同様に報道されてはたまらないからである。
最後にもう一つ。どこのテレビ局でも新聞社でも,昼夜朝夕にかかわらずほとんど同じことの報道のみである。確かに“視聴率”“販売部数”とやらを上げないと成立しない業界だろうが,十人(社?)十色,もっと様々な視点から実態の真実を伝える工夫ができないものかと思う。
「過去は戻ってこない」とよく言われるが,あの被災,そしてその後のメディアを含めた多くの人々の対応も,決して忘れられない。それでも今は「前を向こう‼ 新しい明日を生きていこう‼」と自分に言い聞かせている。
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