有限会社 三九出版 - 〈樹(き)物語〉    柳


















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           〈樹(き)物語〉    柳 

             小櫃 蒼平(神奈川県相模原市) 

 柳には運のなさがつきまとう。たとえば花柳界の〈花柳〉は,もともと遊郭の街路に桃(または桜)と柳の樹が植えられていたことから〈花街柳巷〉とよばれ,ともに〈色里〉をあらわしていた。 いま,〈花街〉は貴顕紳士を恃んで大厦高楼を連ねて栄えているが,〈柳巷〉は遊郭の陰翳を曳きずって消えた。「柳に幽霊」も,柳にはずいぶんと迷惑な構図だ。川端の柳のけむるような立ち姿が幽霊のあしらいを生んだのだろうが(「やゝしばしけぶりをふくむやなぎかな」),同じ柳に美女を配して春宵のうれいをえがいた画家もいる。繊細流麗の美しさは転じて女性の柳腰におよぶ。柳の種子は熟すると雪のような〈絮(わた)〉 ― すなわち〈柳絮〉を飛ばす。
 樋口一葉も『別れ霜』の中で,「西北の風ゆふ暮かけて鵞毛か柳絮かはやちらちらと降り出でぬ」と, 雪のちらつきを柳絮の軽さを藉りてあらわしている。そこに暗い印象はない。
 春の一日。一匹のありんこ,柳の葉によじ登り,風に乗って旅に出ようとおもった。遠い国から来た旅の鳥の「ナポリを見て死ね」という言葉に誘われ,春風の囁くような「山の向こうはいいぞ」にこころふるわせ,遠い国での倖せ,ゆめ見たからだ。おちょちょこいのありんこ,柳絮に命あずけ,空に飛び出した。だれもしらない,ありんこの旅の終わりは ― 「凩の果てはありけり海の音」ならぬ,ナポリを見ぬままのアリ地獄。……かわいそうなありんこよ。
    ※「やゝしばしけぶりを……」(加藤暁台/山本健吉『基本季語五〇〇選』
講談社学術文庫)
「凩の果ては……」(池西言水/『合本俳句歳時記/第三版』角川書店 
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