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☆【隠居の世迷言】 

             雑  感

          小櫃 蒼平(神奈川県相模原市) 

善公 ご隠居,正月早々沈んだ顔をしていますね。何かありましたか?
隠居 ああ,新年早々画家の友人から,恩師が亡くなったという連絡がありました。世界的に名の知れた版画家ですが,まだ無名のころにわれわれの高校の美術教師をなさっていました。かれにとっては終生の恩師でしたが,あたしもかれの縁で美術教室に出入りしていたので,折々にたくさんの恩恵を受けました。自由闊達しかも繊細。まさに芸術家そのものといった方でした。
善公 ご隠居の歳になると,身近なひとに亡くなられるのはこたえるでしょう……。
隠居 なかなかつらいものがあります。あたしは直接教えを受けたわけではありませんが,とても魅力的な方でした。いつも毛糸のおわん帽をかぶり,たしか片脚がご不自由だったと記憶しています。 いちど友人の展覧会でお目にかかりましたが,ちゃんと覚えていてくださって,気さくに声をかけてくれました。
善公 亡くなられたひとのことはいくら語っても語りきれませんよね。
隠居 じつは昨年8月に,あたしはただひとり「先生」とよぶ恩人を亡くしたばかりでした。大学教授であると同時に,直木賞候補にもなった小説家でした。友人の恩師と並んで,われわれの郷土ゆかりの芸術家です。
先生との出会いはわたしが中学生のときです。当時ひどい貧困生活の中で押しつぶされそうになっていたわたしは,精神的・物質的にほんとうに助けられました。なぜそれほど目をかけてくださったのか,いまでも謎ですが……。その後,あたしは先生の影響もあって,高校時代に文学に目覚めるのですが,そのときも先生主宰の同人雑誌に入れてくださったり,ご自分の仕事の下調べの手伝いをさせてくださったりと,いま思えばさまざまに文学修行の機会をつくってくださいました。でもあたしは不肖の弟子。ある日を境に勝手におのれの才能に見切りをつけ,恩師のもとを離れて竟(つい)にお目にかかることはありませんでした。あたしはひそかに今年一年を服喪と心得ています。
善公 あっしは隠居を師匠と仰いでおりますが。
隠居 おまえさんがそういうことを言うときは,何か魂胆があるにちがいない。が,それはさておき,年の頭から申しわけありませんが,故人への手向けに手前勝手な話をさせてもらいました。
善公 お互いさまですよ。ときに新年といえば,1月11日に行われたトランプ次期米国大統領の記者会見の記事をごらんになりましたか?
隠居 朝日新聞で読みました。あたしは選挙期間中のトランプ氏の奇矯な発言を,選挙対策のためのパフォーマンスだとおもっていました。ですから選挙に勝利したあとは,世界で中心的な役割を担っていく次期米国大統領として,自国と世界の方向性についてまっとうな見識を示すだろうと期待していたのですが,しかし見事に裏切られました。記事から読み取れるのは,選挙期間中に見せたあの傲慢さと攻撃性,それに意見を異にする者の排除という姿勢です。たしかにオバマ大統領に対する国民の期待は大きかった,だからその反動として「理想は理想でしかない。足元を見ればそこには困難な生活状況しかない」と考える人びとがいるだろうことは想像できます。トランプ氏はそこにパフォーマンスの種を見出したのです。その結果,そうした人びとにとっては,トランプ氏の傲慢さは〈堅固な信念〉,その攻撃性は〈率直な行動〉と映ったのです。そうした人びと ― その多くは年齢的には中高年層,階級的には労働者層の人びとといわれていますが,いずれ大きな失望を味わうことにならなければよいのですが……。
善公 選挙戦がはじまったころは,言葉は悪いですが,テレビや新聞などの報道機関のトランプさんの扱いは揶揄気味のものが多かった気がするのですが……。
隠居 そうでしたね。ところで米国民はつねに〈アメリカファースト〉です。その意識から離れることができない。イラク戦争のときの国民の高揚を思い出してください。米国はポピュリズムの国でもあります(世界的な傾向でもありますが)。雇用のための国内外の企業への圧力,貿易の不均衡是正というトランプ氏の主張は,そうしたポピュリズムを意識した政策です。それは選挙戦においてたしかに有効にはたらきました。でも多様性がアメリカの勁(つよ)さであることをつねづね訴えたオバマ大統領,「この選挙で問われたのは、希望にあふれ、包容力があり、寛大な米国をどう築くかだ」と言った敗れたクリントン候補の言葉は,これからトランプ氏にとって重い意味をもつことになるとおもいます。
善公 1月20日にトランプ氏は正式に第45代米国大統領になります。就任演説の内容はどんなものになるのでしょうか……。
※資料:『朝日新聞』(2016.11.10/2017.1.11/2017.1.13) 『朝日新聞/「耕論」(寺島実郎)』(1016.11.12)『朝日新聞/「耕論」(久保文明)』(2016.11.10) 
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