有限会社 三九出版 - 日本人として生き,日本人として死んだ台湾の叔父 ⑴ 


















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☆《自由広場》 

      日本人として生き,日本人として死んだ台湾の叔父 ⑴  

             坂本進一郎(秋田県大潟村) 

1.なぜ今台湾の叔父なのか
なぜ今台湾の叔父なのか。それは日本植民地時代の八田與一という土木技師が今台湾で見直されたことに刺激を受けたからである。八田は洪水,干ばつ,塩害に悩まされていた台中南の嘉南平野15万㏊に1万6000kmの灌漑設備を張り巡らせて,沃野に変えた。1930年に完成した当時はもちろん,未だに地元農民に感謝されているという。八田の事業は当時日本の近代化に伴って食糧増産が必要になってきたので,植民地経営の一環でもあった。この事業は台湾経済を盛り上げ評価が良かった。八田與一をして有名にしたのは,彼は植民地経営の一環を担っただけだが,巨大プロジェクトを成し遂げ,その行為が損得(植民地経営の地点)を越えたところにあったからであろう。泰蔵(たいぞう)叔父も植民地経営の一環として嘉義消防署に勤めた。その勤務態度は損得を越え,八田與一に似たところがあった。そこで叔父のことを回想してみたくなったのである。
2.人となり ⑴
叔父は生活が質素であった。叔父は1894年生まれ。21歳の時渡台し台湾に骨を埋めるつもりであった。ところが後述のように,蒋介石が進駐してきて台湾に居られなくなった。やっと1965年台湾に帰ることになった。この時,叔父は71歳。もう会えないかと思って,私は羽田空港まで見送りに行った。この時,叔父宅に泊めてもらったが,住宅というより庵というにふさわしかった。台湾の住まいも日本のそれと似たりよったりであった。私は質素に暮らす叔父の姿に「知足」の精神を見た。
さらに泰蔵叔父を泰蔵らしくしているのは,鍬を持つ姿であろう。叔父は嘉義でアメリカの空襲が激しくなってくると,消防署をやめた(消防署が解散した)。そして,河川敷で友人とトウモロコシの栽培をやった。だから農業は嫌いでないらしい。それにしても秋田県・美郷町外川原の実家で暇を見つけては,家から目と鼻の先の山裾の南斜面を鍬で起こしていたが,その開墾にいそしむ刻苦奮闘の姿を見て,私は良心的生き方に無言の影響を受けたと今も思っている。
3.俺は任期の約束を果たした
1965年叔父を見送りに行った時,中野の叔父宅に3日ほど泊めてもらって,東京遊覧した。叔父はめったに自分の事を話さない人だが,この時気が緩んだのか,「俺は近衛兵をやっていたことがある」とチラッと話したのを聞いたことがある。チラッとなので,私はつっこんで訊くことはせず聞き逃した。しかし,近衛兵は腰掛け気分なので長くて1年,あるいは半年であったかもしれない。
ところが,近衛兵勤務は2年の任期義務があり,任期不足の穴埋めのため渡台し阿里山の蕃地警官(生蕃警察)をやった。私は1980年2月下旬カンボジア国境視察のついでに台湾に寄った。目的は叔父に会うためだ。叔父はこの時87歳。もう会う時はないだろうと思って,叔父の一生の聞き書きをしようと思った。しかし,自分のことを語るのは気が向かないのか,話が進まなかった。だがその中で「俺は6年10ヶ月勤めて任期を果したと思った」と投げやりに話したのが印象に残っている。「任期を果した」とは恩給を貰える年数に達したということである。
4.嘉義消防署は我が子のようなものだ
叔父は蕃地警官を辞めたあと,消防署に勤めた。運転免許を取るため羽田にあった自動車免許講習所に通った。当時としては車の運転は珍しかったであろう。
叔父は嘉義消防署は自分が作ったようなものだから,我が子のように可愛かったと聞き書きの時話してくれた。例えば,雨が降ると消防車が通れないと困るので,雨が降れば勤務と関係なくスコップをもって道路の排水に努めたという。嘉義消防署には日本敗戦まで勤めたとのこと。ここには少なくとも20年以上勤めたようだ。
5.2・28事件について ⑴
叔父と奥さん(徐秋妹)との関係はどうだったか。中野の寓居に寄った時,叔父は台湾の奥さんから「帰ってきて」という手紙をこれだけ貰っていると20cmに積み上げられた手紙を見せられた。叔父はもともと日本に帰るつもりはなかったが,1947年の2・28事件で地元郷長(郡長)から「あなた自身には何の問題もないが,私の立場が無くなるので外国人のあなたは日本に帰ってくれ」と言われて日本に帰ってきたのであった(この処置は蒋介石政権が外国人のスパイを警戒してのことと言われる)。ここで,台湾民主化の起点となり,泰蔵一家にも関わりのあった2・28事件に触れておこう。  (以下次号) 
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