有限会社 三九出版 - JAZZ へ の 誘 い


















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☆《自由広場》

            JAZZ へ の 誘 い

           三谷 徹男(群馬県伊勢崎市)

新宿紀伊國屋の裏にDIGという店があった。ドアを開けると,人の話が聞こえないくらいの大音響で迎えてくれた。カウンター越しにコーヒーを注文するのだが相手が耳を差し出してきて,その耳に向かって注文する。決まってコーヒーなのに同じ動作を繰り返した。
ずっと後になってその経営者が中平穂積氏であることを知ったが,その人が当時カウンターから耳を差し出した人と同一人物であるかどうかは定かではない。
氏は,日藝(日本大学芸術学部の通称)の出身であり,JAZZ写真家であり,JAZZプロモーターであることを知って少々嬉しくなった。ちょうど,その頃私は,日大全共闘にのめり込んでいた正に“青い頃”で,何か焦燥感に陥るとあの場を借りて独り巣籠りをしていた時代である。それが,不条理に対する苛立ちであったのか,それとも単に恋人に対する焦燥であったのか? JAZZという喧騒に包まれていることでとても落ち着いたのである。
LPレコードが2,000円。学生には高価で手が出ない。但し機械は,はっきり覚えていて,スピーカーがJBL,アンプはマッキントッシュ。いずれもアメリカ製である。安保は反対だが,コカ・コーラを飲み,ジーンズをはき,JAZZを聴く。何とも説明のつかない青年であった。
JAZZに話を戻そう。1960年を超えると時代とシンクロするようにJAZZのシーンも大きく変わっていく。いわゆるモダンが更にモダンを求めて加速する。それをFree JAZZとかFusionと呼んだ。オーネット・コールマンやドン・チェリー。そして1970年の“ウェザー・リポート”や“ツァラトゥストラはかく語りき”へとつながっていく。それを,持ち出して当時を懐かしもうとしても,今はまったく聴けない。耳に入らないのだ。どうやら,音楽は時代というファクターがないと聴けないらしい。
JAZZを聴く。私のオーディオ歴はここ10年くらいなものであまり威張れたものでない。家具調ステレオから始まりラジカセ,ミニコンポと渡ってきて,ハイエンドと呼ばれる機器構成でJAZZを聴き出したのはまだ日が浅い。
良い音を聴く。重厚な音を聴く。それを思い出させてくれたのはヨーロッパJAZZ
を深夜聴いているという知人。アンプは“エアー”だと言って自慢した。時折,覗いていたJAZZ喫茶“木馬”のマスターが,常連客を紹介してくれて,改めて知ったのだが,この人はLP3000枚のコレクターでありマッキントッシュでランシングA7を鳴らしている。JAZZファンにはオーディオ機器のこだわり屋が多い。そうしたことがきっかけとなって,少々高額な機械を持つようになり,20代の“暗闇”へとまた私を誘ってくれたのだ。

JAZZはやはりブルーなのだ。ブルー,ブルース,ブルーノート。JAZZのレーベルにはやたらとブルーがつくタイトルが多い。私は単純にブルーなるJAZZと相性が合ったのだろう。今は1950年から1960年の10年間を繰り返し聴いている。性に合う。大学ノートに年譜などを書き込み,一人のプレイヤーの人生を眺めながら聴いている。個人的には,27歳で事故死したクリフォード・ブラウンのトランペットが好きだ。素直に染み込んでくる。映画“ターミナル”を観て,ベニー・ゴルソンを思い出し,ひとしきり彼のサックスを聴き込んだ。クリント・イーストウッド監督の“バード”はチャーリーパーカーそのものをモデルにしていて,これは良かった。エバンスもコルトレーンもマイルスもみんな偉大だ。
私はよく腕組みをするらしい。眉間に皴を寄せるらしい。仕事柄か理屈もめっぽう強い。だがそんなときでも,案外頭の中ではラッパが鳴っている。
一昨年の冬ニューヨークへ行った。お目当ては本場NYのJAZZ。ブルーノートに行かねばならない。そして2月22日,とうとう来たのだ。狭い入口を案内されてテーブルに座る。静かにピアノが鳴りだした。最大のJAZZレーベル“ブルーノート”発祥の地であるが,身体が浮いて身が入らない。誰が出演しているのか, JAZZ独特の深みのあるボイスだ。
今,眼を閉じて思い出そうとするが,上気していたのだろう,脳裏に焼き付いたというほどにない。だが空気には触れたのだから,この空気感だけはそっとフリーズさせておこう。バードのバードランドにだって探し当てて店の前に立って来たのだから。

ところで,銀座にもバードランドがあると聞く。ここは焼き鳥屋さん。何と粋な名前。敬意を払いにいずれ行かねばなるまい。 
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