☆【隠居の世迷言】
政治の主体はだれ?
小櫃 蒼平(神奈川県相模原市)
隠居 「あかあかと日は難面もあきの風」……。
善公 「あきの風」? ご隠居,まだ夏真っ盛りですぜ。
隠居 いや,それを承知のうえで,芭蕉さんの句を藉りてみたのさ。参議院選だ,東京都知事選だと,まだ「あかあか」と余韻尽きませんが,世の中どこか,しらっと「あきの風」が吹いていませんか。
善公 ご隠居,ずいぶんと悲観的ですね。
隠居 いやね,悲観を通り越してもはや絶望の境地といっていいかもしれません。たとえばですよ。安倍首相はみずからの政治課題をアベノミクスによる経済再生としながら,それは隠れ蓑。あっという間に「特定秘密保護法」「集団的自衛権の行使(閣議決定)」「安全保障関連法案」を成立させました。国際政治学者原彬久氏の「安倍さんは,祖父(岸信介)の『未完成交響曲』を遺産継承し,書き上げようとしている」という言葉をおもいだします。肝心の経済政策も,日銀が金融緩和,マイナス金利を矢継ぎ早に打ち出したものの,効果はいまひとつ。それどころか格差の拡大というオマケが付きました。また舛添問題は東京都知事2代の不祥事というだけでなく,残念ながら政治家と金の問題がいかに根絶不可能かを思い知らされました。そして舛添前東京都知事は,小説家太宰治のいう「十指の指差すところ、十目の見るところの、いかなる辯明も成立しない醜態」をさらしました。
善公 たしかに舛添前東京都知事は醜態でした。ところで,中央政界では甘利前経済再生担当相が政治活動を再開しました。
隠居 そうそう,現金授受問題が不起訴処分になったからでしょうが,大臣辞任の記者会見では「弁護士による調査を続け、しかるべきタイミングで公表する」と約束したのに,その説明責任を果たさずに復帰しましたね。そういえば自民党の小渕優子議員も,しかるべきときにきちんと説明するといいながら,選挙が終わったらミソギが済んだと思ったのか,そのまま頬っ被りをきめこんでいますな。
善公 すべて政治資金が問題。報道機関は舛添問題,さらに甘利・小渕問題を再検証することによって,「政治資金」そのものの実態を瞭らかにしてほしい。
隠居 まったく善さんのいうとおり。でも見方を変えると,安倍首相にしても,舛添
前東京都知事にしても,選んだのはあたしたち。安倍首相の隠された意図も,抜け穴だらけの政治資金規正法も,ほんのすこしの努力で見抜くことができたのに,あたしたちはそれをしなかった。そのツケがいままわってきています。でも遅くはない。いまならまだ取り返しがききます。あたしたちはもういちど,政治の主体が自分たちであることに気づくべきです。
善公 たしかにそのとおりですが……。
隠居 特定秘密保護法や集団的自衛権行使の閣議決定に反対して,国会前抗議行動をおこなったSEALDs(シールズ)というグループがありましたよね。かれら以前の集団による抗議行動に比べて,あの抗議のスタイルはとても新鮮に感じられました。「個人が勝手に来てるだけで,集団とか組織って感じじゃないよね,って。個人で自分の頭で考えて,判断して,自分の足でそこに来てる。個人としてたまたまそこに居合わせてしまった人たちっていう,なんとなくの塊」 ― この考え方とても新鮮。だから,この「なんとなくの塊」は大きなうねりになりました。
善公 でももっと大きな力を生むためには,「なんとなくの塊」でいい……?
隠居 だからこんな意見もあります。作家の辺見庸さんは,SEALDsの若者たちの行動について「若い人たちが危機感を持つのは理解できます、ただ、あれは『現象』
だとはおもうけど、ムーブメント(運動)とは考えていません。まだスローガンみたいな言葉しか言えていないじゃないですか」といっています。辺見さんは若者たちの行動に共感をもちつつも,作家として運動を内部から支えるものとしての〈言葉の重さ〉を訴えます。「もっと迂遠で深い思想というか、内面の深いところをえぐるような言葉が必要です」 「怒りの芯がない」 「ささやかな抵抗のほうが、国会前の鳴り物入りのデモよりも頭が下がります」 ― これらの言葉がそれを表現しています。最近,SEALDsの一員であった奥田さんは,政策提言のためのシンクタンク「ReDEMOS」を設立しました。それは辺見さんのいう「ムーブメント」への一歩かもしれません。いずれにしても,あたしたちには政治の主体としての〈行動〉が求められます。それをうながす簡潔で具体的な言葉を最近知りました。 「祈る唇よりも奉仕する両手のほうが神聖である」 ― エイドワーカーの高遠菜穂子さんがインドで出合った言葉だそうです。
善公 しからば行動。あっしは,まずご隠居をウォーキングに連れ出しますか……。
※資料:『朝日新聞』(2014.8.16/2015.12.19/2016.1.21)/『太宰治全集 第八巻』(「トカトントン」筑摩書房)/『高橋源一郎 × SEALDs 民主主義ってなんだ?』(河出書房新社)/『AERAの民主主義』(「現代の肖像 高遠菜穂子」朝日新聞社版)
政治の主体はだれ?
小櫃 蒼平(神奈川県相模原市)
隠居 「あかあかと日は難面もあきの風」……。
善公 「あきの風」? ご隠居,まだ夏真っ盛りですぜ。
隠居 いや,それを承知のうえで,芭蕉さんの句を藉りてみたのさ。参議院選だ,東京都知事選だと,まだ「あかあか」と余韻尽きませんが,世の中どこか,しらっと「あきの風」が吹いていませんか。
善公 ご隠居,ずいぶんと悲観的ですね。
隠居 いやね,悲観を通り越してもはや絶望の境地といっていいかもしれません。たとえばですよ。安倍首相はみずからの政治課題をアベノミクスによる経済再生としながら,それは隠れ蓑。あっという間に「特定秘密保護法」「集団的自衛権の行使(閣議決定)」「安全保障関連法案」を成立させました。国際政治学者原彬久氏の「安倍さんは,祖父(岸信介)の『未完成交響曲』を遺産継承し,書き上げようとしている」という言葉をおもいだします。肝心の経済政策も,日銀が金融緩和,マイナス金利を矢継ぎ早に打ち出したものの,効果はいまひとつ。それどころか格差の拡大というオマケが付きました。また舛添問題は東京都知事2代の不祥事というだけでなく,残念ながら政治家と金の問題がいかに根絶不可能かを思い知らされました。そして舛添前東京都知事は,小説家太宰治のいう「十指の指差すところ、十目の見るところの、いかなる辯明も成立しない醜態」をさらしました。
善公 たしかに舛添前東京都知事は醜態でした。ところで,中央政界では甘利前経済再生担当相が政治活動を再開しました。
隠居 そうそう,現金授受問題が不起訴処分になったからでしょうが,大臣辞任の記者会見では「弁護士による調査を続け、しかるべきタイミングで公表する」と約束したのに,その説明責任を果たさずに復帰しましたね。そういえば自民党の小渕優子議員も,しかるべきときにきちんと説明するといいながら,選挙が終わったらミソギが済んだと思ったのか,そのまま頬っ被りをきめこんでいますな。
善公 すべて政治資金が問題。報道機関は舛添問題,さらに甘利・小渕問題を再検証することによって,「政治資金」そのものの実態を瞭らかにしてほしい。
隠居 まったく善さんのいうとおり。でも見方を変えると,安倍首相にしても,舛添
前東京都知事にしても,選んだのはあたしたち。安倍首相の隠された意図も,抜け穴だらけの政治資金規正法も,ほんのすこしの努力で見抜くことができたのに,あたしたちはそれをしなかった。そのツケがいままわってきています。でも遅くはない。いまならまだ取り返しがききます。あたしたちはもういちど,政治の主体が自分たちであることに気づくべきです。
善公 たしかにそのとおりですが……。
隠居 特定秘密保護法や集団的自衛権行使の閣議決定に反対して,国会前抗議行動をおこなったSEALDs(シールズ)というグループがありましたよね。かれら以前の集団による抗議行動に比べて,あの抗議のスタイルはとても新鮮に感じられました。「個人が勝手に来てるだけで,集団とか組織って感じじゃないよね,って。個人で自分の頭で考えて,判断して,自分の足でそこに来てる。個人としてたまたまそこに居合わせてしまった人たちっていう,なんとなくの塊」 ― この考え方とても新鮮。だから,この「なんとなくの塊」は大きなうねりになりました。
善公 でももっと大きな力を生むためには,「なんとなくの塊」でいい……?
隠居 だからこんな意見もあります。作家の辺見庸さんは,SEALDsの若者たちの行動について「若い人たちが危機感を持つのは理解できます、ただ、あれは『現象』
だとはおもうけど、ムーブメント(運動)とは考えていません。まだスローガンみたいな言葉しか言えていないじゃないですか」といっています。辺見さんは若者たちの行動に共感をもちつつも,作家として運動を内部から支えるものとしての〈言葉の重さ〉を訴えます。「もっと迂遠で深い思想というか、内面の深いところをえぐるような言葉が必要です」 「怒りの芯がない」 「ささやかな抵抗のほうが、国会前の鳴り物入りのデモよりも頭が下がります」 ― これらの言葉がそれを表現しています。最近,SEALDsの一員であった奥田さんは,政策提言のためのシンクタンク「ReDEMOS」を設立しました。それは辺見さんのいう「ムーブメント」への一歩かもしれません。いずれにしても,あたしたちには政治の主体としての〈行動〉が求められます。それをうながす簡潔で具体的な言葉を最近知りました。 「祈る唇よりも奉仕する両手のほうが神聖である」 ― エイドワーカーの高遠菜穂子さんがインドで出合った言葉だそうです。
善公 しからば行動。あっしは,まずご隠居をウォーキングに連れ出しますか……。
※資料:『朝日新聞』(2014.8.16/2015.12.19/2016.1.21)/『太宰治全集 第八巻』(「トカトントン」筑摩書房)/『高橋源一郎 × SEALDs 民主主義ってなんだ?』(河出書房新社)/『AERAの民主主義』(「現代の肖像 高遠菜穂子」朝日新聞社版)
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