有限会社 三九出版 - 置き去りにされた風景


















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☆東日本大震災私は忘れない

              置き去りにされた風景

             柴田 秀男(神奈川県川崎市)

福島県の川俣町と南相馬市を結ぶ県道12号線に花塚の里・花塚山方面への案内板がある。花塚山は阿武隈山地の北部,飯舘村と川俣町の境にあり,「東に太平洋を臨み,西に吾妻・安達太良連峰の連なりを……」というガイドブックの記述と,花塚という名前に誘われてここを訪れたのは2012年5月である。誰もいない登山口の駐車場でテント泊をした翌日は穏やかな晴天であった。駐車場の近くにある公園のサクラはすでに散って花びらが地面をピンクに染めていたが,山中のサクラはまだ蕾で,シャクナゲ,ツツジ,スミレなども咲いている。登山道脇にはニリンソウやヒトリシズカの群落が見られ,山名通りの気持ちの良い山である。しかし,倒れたアカマツの大木が道をふさぎ,沢を横切る踏み跡もうすれて,人が入らないと登山道は簡単に消滅してしまうものだと感じた。
現在も飯舘村の大部分は居住制限区域であり,南側の一部は帰還困難区域となっている。このとき「置き去りにされた風景」という言葉が頭に浮かんだ。いくら美しい風景が存在していても,自分たちの生活から遠く離れたところにあって,それを見て楽しむ人がいなければ価値が半減するのではないだろうか。この美しい花の季節にその想いを強くした。この土地ではいくつもの風景が住民の避難によって否応なしに置き去りにされ,花塚山もその一つである。その後南相馬へ向かう際に寄り道してみたが,駐車場は除染作業で出た廃棄物の置き場と化して立ち入り禁止の札がかかり,山に登る気も失せてしまった。「原発事故があって今は近寄れないけれど,花塚山という美しい山があった。」
ところが,インターネットの「福島県の山」山開き情報で,昨年花塚山の山開きが再開されたという記事を見つけた。日程は5月4日。なんと私が初めて訪れた日で,本来なら多くの人がやって来るところだった。今年は山開きの数日後,南相馬での作業の帰りに,駐車場は使えないので公園入口のスペースに車を停めた。予報は夜半から翌日にかけて雨なので,時刻はすでに午後5時近かったが山頂を往復することにする。大きな岩が点在する尾根が以前の記憶をよみがえらせた。ニリンソウの群落は周回ルートにあるので見損なったが,それは次回の楽しみにしておく。
翌日は予報がはずれて晴れたので,少し南にある高太石山(こうたいしやま)に登ることにした。川俣町から浪江町に向かう国道114号には,浪江町との境に検問ゲートがあり許可証がないと通過できない。その手前の牧場に登山者用の駐車場があるはずが見つけられずにゲートまで行き,当然のごとく追い返された。空き地に駐車し,地図を見ながら登山口を探す。道がはっきりしないが見当をつけて登って行くとそれらしい踏み跡を見つけ,しっかりした登山道につながった。しかし最後の直登で藪となり通り抜けが難しいので,それを避けながら高所を目指すと,やや遠回りしながら山頂に到達した。最近誰かが登ったような痕跡は見当たらない。山頂の標柱が倒れていたので,持っていたコンビニ袋で近くの木に縛りつけた。しばらく休憩しながら降りる方向を見定め,道を探しながら展望岩・大橅・石切り場前の分岐と進み,下りにさしかかる。笹が覆って道が不明瞭になってきたが,木の幹に赤ペンキの印があるのでそれを頼りに進むと,やがてそれも見失ってしまった。さほど深い山でもないので,南側にあるはずの国道を目指し笹を分け,木の枝をかい潜っていくうちに,遠くから刈払機のモーター音が聞こえてきた。ようやく樹林帯から抜けると,そこには作業服を着た人達がいて,国道脇にある牧場の除染作業の真っ最中である。他に道がないので,大型車両が行き交うなかを通過させてもらう。ここは下山予定とは違う場所だが,かえって駐車地点に近い。登り下り各1時間のゆるやかなハイキングコースで,登山道の半分近くをコースアウトしながら3時間徘徊したことになる。
阿武隈山地の山々は行楽だけでなく,生活や信仰と結びついている場合が多い。ずっと先のことになるだろうが,除染の済んだ牧場が再開して人が戻ってくれば,高太石山の登山道も復旧されるに違いない。しかし物事は簡単にはいかない。今年の1月に高太石山に登り放射線量の測定を行った人のブログによると,国道沿いの線量は下がっているが,山中ではまだとんでもない数値が表示されていた。それは事故の半年後に花塚山付近で測定された値と同レベル,つまり平常値の100倍に相当する。
政府の方針では来年3月までに,居住制限区域は避難指示を解除し,帰宅困難区域はその区分を見直すという。実際は放射線量によって決まるが,どうもそれは事故6年目までには何とかという思惑が強く働いているようである。花塚山には4年ぶりに登ることができたが,浜通りにはまだ遠い山頂がいくつもある。 
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