有限会社 三九出版 - 量子に学ぶ経済の考え方(その2)


















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☆《自由広場》

                   私の量子ものがたり ④
             量子に学ぶ経済の考え方(その2)

              吉成 正夫(東京都練馬区)

「量子」は量子力学としてもっぱら物理学の世界で研究され,議論されています。物理学者は「量子力学は世界観にも影響を及ぼす学問だと述べています。
たまたま「人工頭脳」「量子コンピュータ」を学んでいるうちに「量子」に関心をもち,そこに広がる奥の深さに驚きました。これまで経済や投資の世界の不確実性をテーマに考えてきましたが「量子」はわたくしに多くの示唆を与えてくれました。
まず量子力学による量子の特徴は,次のように要約されます。
1.量子は運動量を有するが,内部構造をもたない。
2.量子は粒子であって波である。
3.量子は相補性である(世界は陰陽あいまってつくられている意)。
4.量子はただ一つの状態に決まらない曖昧な存在である(不確定性原理)。
5.量子は「どのように起こり,どのように影響を与え合うか」が肝心(相関性)。
6.二つの量子がいったん作用すると,どれほど遠くに離れていても相関性がたもたれる(量子もつれ)。
7.自然界の「存在」は,観測者によって影響される。
*自然界は人間の外にある客観的「存在」であり,それを探求することが物理学の使命とされてきましたが,人間が観察することで「存在」が影響されることが実験により検証されました。詳しくは『量子学は世界を記述できるか』(佐藤文隆著,2011)などご参照ください。
1 量子の特徴 

(1)「量子は内部構造をもたないが,エネルギーやスピン(自転)などの運動量を有している」(『宇宙は量子もつれでできている』(ルイーザ・ギルダー著,ブルーバックス,2016,監訳者・山田克哉氏の「まえがき」より)
これはたいへん重要な指摘です。近代の科学では対象を要素に分解していき,下の階層が判れば,一つ上の階層はおのずから理解できると考えられてきました。これが「還元主義」の考え方です。現代の科学は,原子の1兆分の1の「クオーク」という超微細な素粒子までたどりつきました。この量子が生命の謎を解く鍵になりそうです。生命は量子の集合体であり,様々の生命現象は量子力学に立って考察されています。
例えば『量子力学で生命の謎を解く』(ジム=アルカーリ,ジョンジョー・マクファデン著,SB Creative,2015)は,量子力学で生命現象にアプローチして,「生命の起源は何か」「意識はどのように生まれるか」「植物の光合成は量子コンピュータなのか」「渡り鳥はどのようにして目的地への行き方を知るのか」などについて仮説を立ててアプローチしました。大胆な挑戦です。こうしたアプローチは社会科学にも敷衍されて経済,金融,投資などの理論を考えていくうえで「基底」になるのではないでしょうか。なにしろ量子はすべての根源なのですから。 

(2)量子は「粒子」であって「波」である 
「粒子」と「波」はまったく別の現象です。海の波を例にあげます。 海の波は主にH2Oで「粒子」ですが,H2Oが「波」になるわけではなく「波」は単なる現象です。ところが原子より小さいミクロの量子の世界では,電子などの量子が「粒子」であると同時に「波」になります。これは「二重スリット実験」で検証されています。この実験では,電子銃から電子を発射して写真乾板に打ち込みます。途中に2本のスリットを置くと,写真乾板に電子の感光で濃淡の縞模様が描かれます。その縞模様は波の干渉縞と同じで電子の波動性を示しています。「つぶつぶ」の電子がどこでどのようなタイミングで波になるのかはまだ解明されていません。 「量子の父」ニールス・ボーア(1885~1962)は「我々が見ていないときだけ、電子は波のように広がっており、我々が電子を観測すると、電子の波は収縮する」というアイデアを提唱しました(「コペンハーゲン解釈」)。この世にも奇妙な仮説が今では物理学者の主流の考え方になっています。 
(3)「量子は相補性である」 
ボーアは量子論が示す物質観,自然観を「相補性」という言葉で表現しました。たいへん哲学的な概念で「互いに相いれない事象が、互いに補い合って一つの事象や世界を形成する」という考え方です。1937年に中国をおとずれたボーアは,古代中国の陰陽思想が量子論の思想に通じることに感銘を覚え,のちにデンマーク政府からナイト爵を叙されたときに記念の紋章を作成し,そこに「太極図」を描きました(『図解 量子論がみるみるわかる本』佐藤勝彦監修,PHP研究所,2009)。太極図とは陽と陰で太極(宇宙)を表象します。わたしたちの世界で言いますと,「天と地」「明と暗」「男と女」「善と悪」「表と裏」「物質と精神」などです。量子論では「粒子と波」「運動量と位置」が相補性とされます。 
「閑話休題」 西部邁氏は著書「経済倫理学序説」において,ケインズは経済をめぐる二重性,二面性を発見したところに彼の優れた洞察力が認められる,と指摘しています。すなわち,「均衡と不均衡」「慣習と変化」「確実性と不確実性」「合理と非合理」「個人と集団」「競争と干渉」といった二項対立の指摘です。ここで量子の特徴と照らし合わせますと,ケインズの思考はきわめて量子的であり,「相補的」であることに気づきます。投資の世界の「相補性」としては,「強気と弱気」「売り手と買い手」「価値と関係」「需要と供給」などで価格が形成されていきますし,国家や経済,企業の消長は,「発散と集束」「遠心力と求心力」の動向によって繁栄したり衰亡したりします。つまり相補性の趨勢で流れが決定されることになります。 

(4)「量子の不確定性原理」 

ニュートン以来の物理学者の認識は「ある時点の物質の状態が決まれば、以後の状態はすべて確定される」のであって物理学を「決定論」として考えてきました。
ところが原子以下のミクロの物質にはこの決定論が通用しません。ドイツの物理学者ハイゼンベルグはこれを「不確定性原理」(1927年)として発表しました。彼は,電子などの量子は,「位置」と「速度(運動量)」を同時に示すことが出来ないことを示しました。位置を特定しようとすれば「運動量」が決まらなくなり,「運動量」を決めようとすると「位置」が決まらなくなります。その結果,未来においても物質は曖昧なままで「確率的に偶然の要素」で決まります。「確率的に」ということはサイコロを振るのと同じことです。このように物質や自然がただ一つの状態に決まらない「曖昧さ,いい加減さ」こそが「自然の本質」とするのが,最新の物理学がたどり着いた考え方です。(『図説 量子論』より)。驚きです。 

(5)量子の本質は「相互性」である 
イタリアの物理学者カルロ・ロヴェツリ博士は,現在フランスの大学で量子重力理論の研究チームを率いています。以下『すごい物理学講義』(河出書房新社,2017)から引用します。量子論の考え方は、「粒子」「不確定性」「相関」の三つがありますが、なかでも「相関性」が重要であるとします。量子論は元来、事物が「どのようであるか」ではなく、事物が「どのように起こり、どのように影響し合うか」を描写する学問です。自然界のあらゆる事象は相互作用であって、ある系における全事象は別な系との関係のもとに発生し「現実とは関係である」と総括します。重要な指摘です。 
(6)量子もつれ(量子テレポーテーション) 
量子の考え方の基本です。「量子もつれ」の名付け親はシュレーディンガー(1935年)です。二つの実体がお互いに作用すると必ず「もつれ」が生じる。どれほど遠くに離れていても,たとえ互いに100兆㎞離れていても,その相関性は完全に保たれます。一方の量子の物理状態(例えばスピン)を測定して,その値を確定すると,その瞬間に,もう一方の物理状態は一切測定されることなく瞬時に自動的に決定されます。これにアインシュタインは最後まで納得しませんでした。特殊相対性理論によれば,信号伝達の最高速度は光の速度=秒速30万㎞であって,100兆㎞では約10年を超えることになり,「量子もつれ」を「不完全な理論」と批判しました。この論争は1964年,ジョン・ベルが量子の相関性の強さから「ベルの不等式」を導き出しました。その後実験が重ねられ,1980年代にベルの不等式が成立しないことを実験で証明され,晴れて量子力学の正当性が認められました。
ところで,複雑系の科学では,「昆虫のコロニー」は個々の個体の単純な行動がどのように全体として統率のとれた群を作ることができるのか,あるいは単なる細胞であるニューロンからどのように「知識」や「意識」などの現象が生まれるのか,自己の利益の追求を主な目的として経済活動を営んでいる個々人が複雑で構造的な国際市場をどのように形成できるのか,等々,広範囲な分野をテーマに学際的な研究を行っています。
これらの仕組みがまだ解明されていませんが,生命体は無数の量子からできていますので,構成要素である量子がもともと「量子もつれ」のような性質を帯びているのでしたら,瞬時に情報を伝達する生命現象はごく自然に受け入れることができます。「不確定性原理」について,アインシュタインとの論争が量子力学に軍配が上がったとき,「不思議を受け入れよ」「自然は不思議であり理論はあれで完成品」とされたのでした(佐藤文隆著『量子力学は世界を記述できるか』青土社,2011)。 



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