有限会社 三九出版 - 複雑系の科学(その1)―経済金融研究の新たな切り口―


















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☆《自由広場》
不確実性の経済を考える・第8回

      複雑系の科学(その1)―経済金融研究の新たな切り口―

           吉成 正夫(東京都練馬区)

「複雑系の科学」は21世紀夢の科学と期待されて華やかに登場しました。1990年代後半に邦訳版の複雑系の本が次々に出版され,4年前には「ガイドツアー複雑系の世界 サンタフェ研究所講義ノートから」(メラニー・ミッチェル著,紀伊國屋書店)が出版されました。サンタフェ研究所は1984年に,ノーベル物理学賞受賞者のマレー・ゲルマン,フィリップ・アンダーソンをはじめ経済学,心理学,生物学,社会学などの著名な学者が参画した学際的な研究所で,文字通り「複雑系の科学」のメッカです。「複雑なものを複雑なまま研究する」という考え方が,これほど新鮮に受け止められ,パラダイム(時代に共通する思考の枠組み)の転換とみなされるにいたったのは何故でしょうか。
近世を主導してきた欧米的な思考は,啓蒙主義,進歩主義でした。それは理性的な合理主義を積み重ねていくことで,人間はやがては唯一の真の認識に到達し正しい社会を建設できる,というものでした。この思想家たちの系譜には,ガリレオ・ガリレイをはじめ,デカルト,ニュートンなど多くの理性主義的巨人が近代の思想史を飾っています。特にデカルトは「われ思うゆえにわれあり」で有名で,自らに4つの規律を課しました。 「第1に、明証的であること。 第2に、できるだけ小さく分割し分析すること。 第3に、最も単純なものからはじめて順次複雑なものに進めること。第4に、見落としがないように、完全な枚挙と全体にわたる見直しを行うこと」(デカルト「方法論序説」)です。
20世紀は科学の時代として特徴づけられますが,その中心概念はデカルトの方法論に示された還元主義の合理性でした。その後の科学の圧倒的な成功に後押しされて,特に歴史的に新しい学問であった経済学は,いかに客観的な論理を形成するかを競い合いました。そのため経済学,金融理論,投資理論は,過度に数学や統計学に依存するとか,経済の仕組みをモデル化するとか,等でいかにして科学たり得るかに腐心したのです。残念ながら,そこには“存在”としての「人間」が希薄であって,現実の経済・金融の処方箋たり得ない理論が構築されてきたと考えています。幾何級数的に急速に進歩していく経済金融理論と,それには追いつかぬ生身の人間で構成される社会との落差は時間を追って拡大されるばかりです。ですからリーマンショックなどの ―22― 形でギャップを埋め調整してきたのではないでしょうか。
デカルト流に考えれば,生命や物質を細かく微小なところまで還元し分析していけば,何時かは生命の本質にたどり着けるはずでした。物質を還元していきますと,「原子」というものに行き着くらしいことはギリシャ時代から判っていました。20世紀に入って理論的に解明され,電子,陽子,中性子といった原子よりも小さな素粒子が発見され,現在ではクオークが物質の究極の素粒子とされています。それが感覚的にどれくらい小さいものなのか。米沢富美子著「複雑系を科学する」から引用してみましょう。「もし1辺が1センチの大きさを地球の大きさにまで拡大して考えると、原子はパチンコ玉の大きさに相当する。原子をパチンコ玉の大きさにすると、原子核は針の先でつついたくらいの大きさになる。その原子核に陽子と中性子が何十個何百個と集まってくる。そのうちの陽子を太陽系の大きさにまで拡大すると,クオークは漸くパチンコ玉の大きさになる」。実に判りやすい説明です。
宇宙から降り注ぐニュートリノ(素粒子)は,かざした手の平に1秒間に1兆個飛び込んでくるが人体も地球もすり抜けるそうです(H28.1.11付け日経新聞)。実に地球上の物体はスカスカなのです。ノーベル物理学賞を受賞した梶田教授たちが茨城県東海村から岐阜県神岡にニュートリノを飛ばして観測しようと試みられていることが成程と今更ながら実感されます。しかし,物質や細胞をここまで還元し極めたのに,生命の謎は解けませんでした。社会や組織,生命などの「複雑系」は細かく分析するだけでは不十分であるとして,別途「複雑系」の概念で開拓しようとする試みが,サンタフェ研究所設立の理念になったのです。例えばiPS細胞は置かれた文脈に応じて求められる機能を果たす細胞になります。これを井庭崇・福島義久著「複雑系入門」(NTT出版)では,「複雑系科学は,相互作用している多数の要素の集合で生じる現象で、局所と全体が相互に作用しあう現象を『創発』という」と説明しています。複雑系の研究領域は,気象現象,免疫系,ハチやアリなどの集団行動,交通渋滞,ゲリラ戦など多岐にわたりますが,経済学や金融市場にも重大な関心を抱いています。金融,証券などの市況はランダムな動きを繰り返しながらも,時間と価格の計数が詳細に記録されていますので物理学者や数学者にとって格好の研究材料になるのです。
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