《自由広場》
不確実性の経済を考える・第7回
とらえ難い金融市況変動
吉成 正夫(東京都練馬区)
「不確実性の経済を考える」シリーズ①から⑥までは,経済予測がなかなか当たらないのはなぜか。ケインズをはじめとする経済学者の考えを述べてきました。その延長線に,私の実務経歴からくる債券,株式などの市況予測が含まれます。
市況変動は経済変動に比べると,いくつか難しい要因を考慮しなければなりません。
第一に,さまざまな要因を考慮して算出した将来の予測値は,現在の価格に反映されてしまうことです。証券の世界では,「将来見通し=現在の証券価格」です。
およそ100年前,米国の「ウォール・ストリート・ジャーナル」の編集長であったH.P.ハミルトンは,「市場自身がその将来の株価を予想しているはずだ」と考えていました。彼は1929年の大暴落の4日前に社説で「1920年代の強気相場は終焉を迎える」と予測したことで知られています。このような「現在の価格には,現在予測されている情報がすべて反映されている」とする投資理論が1980年頃には『効率的市場仮説』として認知されるようになりました。その後の研究で,いくつかの例外があることが発表されましたが基本は変わりません。いくら分析を積み重ねて将来を予測しても,それが現在の価格になっているので,その次の価格は,新たに発生する事象によって決定されます。その意味で市況などの価格に関しては「未来は神の世界に属する」のです。それでも,人は何とか未来を知りたいとカーテンの裾をめくって神の世界をのぞきこもうとしますが,さまざまな意見が交錯するだけで徒労に終わってしまいます。ここに市況予測の最大の難関があります。
第二に,価格は,需要と供給で決定されます。買い手は誰で,売り手は誰か,ということです。ここ数年の主要投資家売買額では,海外投資家が6~7割を占め,それに個人投資家が加わります。機関投資家である投信,年金等のファンド,金融機関の株式保有比率は大きいのですが,売買高のシェアは,それほどではありません。いわゆるアベノミクスがスタートした2012年末以降,日経平均株価は8,000円台から,2015年には2万1000円弱とおよそ2.5倍になりましたが,それを主導したのは海外投資家でした。ところが,今年の6月以降,海外投資家にアベノミクスへの失望感が広がり売り越しに転じています。株価が下がり,PERなどの投資尺度で14倍と割安感が出てきますと,国内の機関投資家が買いに転じ下値を支えています。企業業績や景気などはゆっくりと上向きに推移していますが,株価の方はそれとは無関係に,買い手,売り手の投資家の意向で上下運動を繰り返してきました。証券市場の需給は,投資家一般には窺い知れないものがあります。
第三に,実体経済の金額に比べて,金融資産金額が,およそ3倍強に達し,金融と経済の比率がアンバランスになったことです。2008年の通商白書はマッキンゼーの調査を引用して,世界の金融資産規模(証券・債券・公債・銀行預金総計)が,1996年から2006年の11年間で167兆ドルに達し,GDP比で3.5倍に拡大したと記しています。その後2008年のリーマンショックが起き,金融不安を抑制するためにQE(金融の量的緩和)を実施し金融資産が一段と膨張しました。金融資産は実物資産に比べて,大量にかつ自由に移動することができます。もし狙い通りの運用効果が得られれば,その収益額は膨大なものになります。ですからグローバルな投資家は金融資産の収益アップに懸命に努力してきました。
第四に,デリバティブ(金融派生商品)など,債券や株式などの現資産から派生した先物取引,オプション取引,スワップ取引などが加わってきます。本来はリスクを回避することが目的でしたが,今や投機や裁定を狙った取引が活発化しています。最近では1秒に1000回ないし2000回で売買注文を出すことができる「超高速・高頻度取引」(HFT)が登場するなど,金融資産運用は空中戦の様相を呈しています。
経済と対をなす金融資産が独自の進化を遂げ,経済以上に不確実性を増してきました。これからどこへ向かって行くのか不透明ですが,混沌のなかにも企業価値は確実に存在していますし,金融資産もそれなりに落ち着きどころがあるはずです。世界的に有名な投資家,ジョージ・ソロス,ウォーレン・バフェットなどは全く異なる投資理論,投資哲学を持ちながら,成功を収めています。
要はめまぐるしく動く底流に流れているものを冷静に情勢分析し,自分をしっかり保ちながら対応するしかありません。これからも中国経済やFRBの動きなどに,投資家は「リスクのオン・オフ」を感じ取り,資金を動かす展開が続きそうです。
次回以降は,人間を中心に構成されている市場経済の不確実性を考えて参ります。
不確実性の経済を考える・第7回
とらえ難い金融市況変動
吉成 正夫(東京都練馬区)
「不確実性の経済を考える」シリーズ①から⑥までは,経済予測がなかなか当たらないのはなぜか。ケインズをはじめとする経済学者の考えを述べてきました。その延長線に,私の実務経歴からくる債券,株式などの市況予測が含まれます。
市況変動は経済変動に比べると,いくつか難しい要因を考慮しなければなりません。
第一に,さまざまな要因を考慮して算出した将来の予測値は,現在の価格に反映されてしまうことです。証券の世界では,「将来見通し=現在の証券価格」です。
およそ100年前,米国の「ウォール・ストリート・ジャーナル」の編集長であったH.P.ハミルトンは,「市場自身がその将来の株価を予想しているはずだ」と考えていました。彼は1929年の大暴落の4日前に社説で「1920年代の強気相場は終焉を迎える」と予測したことで知られています。このような「現在の価格には,現在予測されている情報がすべて反映されている」とする投資理論が1980年頃には『効率的市場仮説』として認知されるようになりました。その後の研究で,いくつかの例外があることが発表されましたが基本は変わりません。いくら分析を積み重ねて将来を予測しても,それが現在の価格になっているので,その次の価格は,新たに発生する事象によって決定されます。その意味で市況などの価格に関しては「未来は神の世界に属する」のです。それでも,人は何とか未来を知りたいとカーテンの裾をめくって神の世界をのぞきこもうとしますが,さまざまな意見が交錯するだけで徒労に終わってしまいます。ここに市況予測の最大の難関があります。
第二に,価格は,需要と供給で決定されます。買い手は誰で,売り手は誰か,ということです。ここ数年の主要投資家売買額では,海外投資家が6~7割を占め,それに個人投資家が加わります。機関投資家である投信,年金等のファンド,金融機関の株式保有比率は大きいのですが,売買高のシェアは,それほどではありません。いわゆるアベノミクスがスタートした2012年末以降,日経平均株価は8,000円台から,2015年には2万1000円弱とおよそ2.5倍になりましたが,それを主導したのは海外投資家でした。ところが,今年の6月以降,海外投資家にアベノミクスへの失望感が広がり売り越しに転じています。株価が下がり,PERなどの投資尺度で14倍と割安感が出てきますと,国内の機関投資家が買いに転じ下値を支えています。企業業績や景気などはゆっくりと上向きに推移していますが,株価の方はそれとは無関係に,買い手,売り手の投資家の意向で上下運動を繰り返してきました。証券市場の需給は,投資家一般には窺い知れないものがあります。
第三に,実体経済の金額に比べて,金融資産金額が,およそ3倍強に達し,金融と経済の比率がアンバランスになったことです。2008年の通商白書はマッキンゼーの調査を引用して,世界の金融資産規模(証券・債券・公債・銀行預金総計)が,1996年から2006年の11年間で167兆ドルに達し,GDP比で3.5倍に拡大したと記しています。その後2008年のリーマンショックが起き,金融不安を抑制するためにQE(金融の量的緩和)を実施し金融資産が一段と膨張しました。金融資産は実物資産に比べて,大量にかつ自由に移動することができます。もし狙い通りの運用効果が得られれば,その収益額は膨大なものになります。ですからグローバルな投資家は金融資産の収益アップに懸命に努力してきました。
第四に,デリバティブ(金融派生商品)など,債券や株式などの現資産から派生した先物取引,オプション取引,スワップ取引などが加わってきます。本来はリスクを回避することが目的でしたが,今や投機や裁定を狙った取引が活発化しています。最近では1秒に1000回ないし2000回で売買注文を出すことができる「超高速・高頻度取引」(HFT)が登場するなど,金融資産運用は空中戦の様相を呈しています。
経済と対をなす金融資産が独自の進化を遂げ,経済以上に不確実性を増してきました。これからどこへ向かって行くのか不透明ですが,混沌のなかにも企業価値は確実に存在していますし,金融資産もそれなりに落ち着きどころがあるはずです。世界的に有名な投資家,ジョージ・ソロス,ウォーレン・バフェットなどは全く異なる投資理論,投資哲学を持ちながら,成功を収めています。
要はめまぐるしく動く底流に流れているものを冷静に情勢分析し,自分をしっかり保ちながら対応するしかありません。これからも中国経済やFRBの動きなどに,投資家は「リスクのオン・オフ」を感じ取り,資金を動かす展開が続きそうです。
次回以降は,人間を中心に構成されている市場経済の不確実性を考えて参ります。
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