☆東日本大震災☆
大震災とその後の対応に学んだ事
杉浦 捷之(千葉県松戸市)
突然の大きな揺れに驚き,庭に飛び出た。掴まった木も頼りなげに左右に動き,身の確保に難渋した。長かった。3分以上は続いただろうか。人生70年この方,こんな大きな揺れは初めての体験だ。この世の終わりかと思うほどであった。3.11東日本大震災。その後のTV報道で大惨事であることを知る。将に地獄絵を見る思いであった。2万人に及ぶ犠牲者,数十万人に及ぶ被災者の生活を思うと胸が引き裂かれる思いだ。かてて加えて,東京電力・福島原発事故は全く想定外の人災だ。土地,家,仕事の全てを捨てて見ず知らずの居場所を求めて全国に追いやられた人々は,全くの二次災害の被害者だ。気の毒この上ない。発電所近辺の住民は永久に戻れないのではないだろうか。原発事故さえなければ復興は時間の問題だ。ところが拡散した放射能という目に見えない毒物を除去することは容易ではない。世代を超えて時を待つしかなかろう。健康被害もチェルノブイリを見ても数十年先でないと実態は判らないようだ。
こうした自然災害,人災,そしてその後の対応の仕方から次のようなことを学んだが,これを決して忘れることなくいつかは起こるであろう大災害に備えるべきである。
○義援金の使途をオープンにすること:このような痛ましい災害・事故に遭遇した被災者に国内はもとより世界各国から沢山の義援金が集まったようで,人々の優しい思いやりに本当に心温まる。しかし,これらの義援金が本当に全て被災者にくまなく配分されたのか不明である。これを追跡した報道機関も聞かない。配分や使い方を適宜オープンにすべきだ。そうしないと仲介する役人や機関が中間搾取しているという疑いがもたれないとも限らない。
○自然と共に生きる復興政策のあり方を:復興政策として同じ津波が来ても耐えられるようにと,防潮堤を十数メートルにかさ上げする建設が始まっていると聞く。これは全くナンセンスだと思う。何故なら,今回以上の津波は来ないとは言いきれないし,それが来たら全く無意味になるからである。それにこの建設は所詮RC構造,せいぜい100年持つかどうか。ダムでさえ100年持つかと言われる。やがて自然風化で崩壊するのは間違いない。また,海辺の美しい自然景観が失われるようなことは避けるべきだからでもある。やはり,津波が来ればすぐ高所に逃げるのが最善の策。これを基にして政策を考えるべきであろう。
○被災者に寄り添った復興予算を:この度は政府の対応も右往左往して,ただ大型予算を膨らませただけの感が無きにしも非ずだ。まず,金額ありきで,具体的事業内容が画餅であり,どう使ってよいか判らない所も現れたようだ。そのためか,突然現れた得体の知れないNPOの信用調査もせずに税金を食い逃げされたケースもあるという。さらには,役所と通じた土建業者などに資金が流れ,一部の者だけが潤ったという話も聞く。資金の使途の監視・監督があまりにも杜撰と言われても仕方なかろう。加えて,予算の大半は未消化。追徴復興税は有効に使われているとはとても思えない。それもこれも予算の計上に当たって被災者は殆んど蚊帳の外に置かれた結果である。
○計画停電のしかた:原発事故により東電は供給能力を損ない,「計画停電」なる策を導入したが,一律に地域を細分化し,時間単位に供給をストップさせる策はあまりにも稚拙だった。如何にも実態無視で,公共性や危険性など優先順位を付けて対応すべきだった。電車にはせいぜい間引き運転を,病院には節電を,大幅割引料金適用の事業者には夜間や休日利用を,家庭には何割かの節電を要請するなど,細かい心の籠った対応,処理が必要であった。また,国内9電力会社間の電力の融通性が殆どないのも無策である。全国のガス事業者がガス管の修復で東北全域を応援し,速やかに回復
したことを思うと,電力会社の危機管理能力の低さに改めて驚く。
○再生エネルギーへの道:東電の事故で原発が如何に高コストであるかが露呈したと同時に,他の発電方法が如何に安全で安価であるかが判った。原発が無いと日本経済は回らないと言われるが,現実に原発抜きでほぼ回っている。産業競争力が若干削がれるかも知れぬが,今までも幾多の難局を凌いできた叡智が日本にはあるのだ。まずは,再生エネルギーの開発に邁進すべきだ。未だに原発事故のために苦しんでいる被災者,被災地のことを,そして原発の持つ想定外の危険性を忘れてはならない。
大災害の中,被災者は秩序を保ち,整然と行動する姿が世界中から共感を呼んだ。暴動も起こさず協力し合いながら,耐え忍ぶ姿は日本人ならではの,和の精神か純朴なのか,痛々しさを覚える。あれからもう4年以上が経過した。徐々にこの惨劇も人々の記憶から薄められよう。地震大国日本,大災害は必ずやってくる。その時こそ今回の災害、失政を教訓として,整然と復興の道を歩みたいものだ。
大震災とその後の対応に学んだ事
杉浦 捷之(千葉県松戸市)
突然の大きな揺れに驚き,庭に飛び出た。掴まった木も頼りなげに左右に動き,身の確保に難渋した。長かった。3分以上は続いただろうか。人生70年この方,こんな大きな揺れは初めての体験だ。この世の終わりかと思うほどであった。3.11東日本大震災。その後のTV報道で大惨事であることを知る。将に地獄絵を見る思いであった。2万人に及ぶ犠牲者,数十万人に及ぶ被災者の生活を思うと胸が引き裂かれる思いだ。かてて加えて,東京電力・福島原発事故は全く想定外の人災だ。土地,家,仕事の全てを捨てて見ず知らずの居場所を求めて全国に追いやられた人々は,全くの二次災害の被害者だ。気の毒この上ない。発電所近辺の住民は永久に戻れないのではないだろうか。原発事故さえなければ復興は時間の問題だ。ところが拡散した放射能という目に見えない毒物を除去することは容易ではない。世代を超えて時を待つしかなかろう。健康被害もチェルノブイリを見ても数十年先でないと実態は判らないようだ。
こうした自然災害,人災,そしてその後の対応の仕方から次のようなことを学んだが,これを決して忘れることなくいつかは起こるであろう大災害に備えるべきである。
○義援金の使途をオープンにすること:このような痛ましい災害・事故に遭遇した被災者に国内はもとより世界各国から沢山の義援金が集まったようで,人々の優しい思いやりに本当に心温まる。しかし,これらの義援金が本当に全て被災者にくまなく配分されたのか不明である。これを追跡した報道機関も聞かない。配分や使い方を適宜オープンにすべきだ。そうしないと仲介する役人や機関が中間搾取しているという疑いがもたれないとも限らない。
○自然と共に生きる復興政策のあり方を:復興政策として同じ津波が来ても耐えられるようにと,防潮堤を十数メートルにかさ上げする建設が始まっていると聞く。これは全くナンセンスだと思う。何故なら,今回以上の津波は来ないとは言いきれないし,それが来たら全く無意味になるからである。それにこの建設は所詮RC構造,せいぜい100年持つかどうか。ダムでさえ100年持つかと言われる。やがて自然風化で崩壊するのは間違いない。また,海辺の美しい自然景観が失われるようなことは避けるべきだからでもある。やはり,津波が来ればすぐ高所に逃げるのが最善の策。これを基にして政策を考えるべきであろう。
○被災者に寄り添った復興予算を:この度は政府の対応も右往左往して,ただ大型予算を膨らませただけの感が無きにしも非ずだ。まず,金額ありきで,具体的事業内容が画餅であり,どう使ってよいか判らない所も現れたようだ。そのためか,突然現れた得体の知れないNPOの信用調査もせずに税金を食い逃げされたケースもあるという。さらには,役所と通じた土建業者などに資金が流れ,一部の者だけが潤ったという話も聞く。資金の使途の監視・監督があまりにも杜撰と言われても仕方なかろう。加えて,予算の大半は未消化。追徴復興税は有効に使われているとはとても思えない。それもこれも予算の計上に当たって被災者は殆んど蚊帳の外に置かれた結果である。
○計画停電のしかた:原発事故により東電は供給能力を損ない,「計画停電」なる策を導入したが,一律に地域を細分化し,時間単位に供給をストップさせる策はあまりにも稚拙だった。如何にも実態無視で,公共性や危険性など優先順位を付けて対応すべきだった。電車にはせいぜい間引き運転を,病院には節電を,大幅割引料金適用の事業者には夜間や休日利用を,家庭には何割かの節電を要請するなど,細かい心の籠った対応,処理が必要であった。また,国内9電力会社間の電力の融通性が殆どないのも無策である。全国のガス事業者がガス管の修復で東北全域を応援し,速やかに回復
したことを思うと,電力会社の危機管理能力の低さに改めて驚く。
○再生エネルギーへの道:東電の事故で原発が如何に高コストであるかが露呈したと同時に,他の発電方法が如何に安全で安価であるかが判った。原発が無いと日本経済は回らないと言われるが,現実に原発抜きでほぼ回っている。産業競争力が若干削がれるかも知れぬが,今までも幾多の難局を凌いできた叡智が日本にはあるのだ。まずは,再生エネルギーの開発に邁進すべきだ。未だに原発事故のために苦しんでいる被災者,被災地のことを,そして原発の持つ想定外の危険性を忘れてはならない。
大災害の中,被災者は秩序を保ち,整然と行動する姿が世界中から共感を呼んだ。暴動も起こさず協力し合いながら,耐え忍ぶ姿は日本人ならではの,和の精神か純朴なのか,痛々しさを覚える。あれからもう4年以上が経過した。徐々にこの惨劇も人々の記憶から薄められよう。地震大国日本,大災害は必ずやってくる。その時こそ今回の災害、失政を教訓として,整然と復興の道を歩みたいものだ。
投票数:65
平均点:10.00
忘れないこと・忘れること |
本物語 |
美しい森と泉の国スウェーデン初訪問 |