有限会社 三九出版 - 忘れないこと・忘れること


















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☆東日本大震災☆
              忘れないこと・忘れること

                           
                     菊地 健介(長野県上田市)

 ○忘れてしまったことがいけなかった
 2011.3.11の東日本大震災は,東北地方の太平洋沿岸が日本でも際立った津波地帯でることを我々に再認識させると同時に,予見をはるかに超えた地震・津波であったことは,被害の大小の違いはあっても何度となく地震・津波に襲われたということが過去の記録にあるにもかかわらずそれを忘れていたことへの大きな反省を促した。年月の経過とともに現在のあらゆる科学的知見をもってしてもいつ発生するか全く不明の地震・津波の襲来を忘れたことが,大被害に遭遇してしまった最大の要因であると言ってもよいのではなかろうか。“忘れる”ということは「人」という動物のよい面であるとともに悪い面でもあるが,悪い面が惹起した結果であると思う。
 しかし,大被害を被った中でも,過去の津波被害を忘れずに,しっかりした対策を講じて無難に乗り切った事例もある。岩手県の二例を紹介したい。
 1961年の事だったと思うが,結構大きな津波が三陸海岸を襲った。その時,ある町の当時の町長は,「津波は何年後かにまた起きる,今ここでしっかり対策を講じるのが町長の最大の責務」と一念発起し,国や県の復興指針に疑念を感じて,町民を守るためにとその指針の枠の3倍の高さの防潮堤を築いた。この決断をし,実行に移すには国や県とかなりの確執があったものと想像するが,仮に補助金の査定に不利益が出ても,金と町民の命を天秤にかけることは許されないと,実行した。結果は,その防潮堤は東日本大震災の津波から町民の命と町をしっかりと守ったのである。この事実はそれまで何回も起きていた三陸津波の歴史と記録を“忘れなかった”英断の証である。
 もう一つの例は,津波対応の日常訓練を欠かさず,全員が無事だった小学校。この小学校では,三陸海岸に学校を設立し・維持する必要が宿命である以上,津波対策は必須であり,それをどうするかの検討の結果,津波からの避難訓練を定期的に実施することにして,防災専門の群馬県の大学教授を招いて指導を受け,繰り返し繰り返し訓練を行っていた。この避難訓練の基本は「自分の身は自分で守れ」そして「訓練で覚えた避難路を指示待ちせず進め」であった。実際,東日本大震災当日は,児童・教師は普段の訓練通りの手順で何の混乱もなく,全員が無事安全地帯へ避難を終えた。過去の歴史を忘れなかった学校に拍手を送りたい気持ちである。
 これらの事例からも言えることは,地震学者や地質学者があらゆる手段を駆使しても,現時点では地震と津波の正確な予知は不可能なのであるから,万が一の対策をしっかり確立しておき,役所等から発信される情報・指針を待ったり,鵜呑みにすることなく,各自が最大の叡智と,動物が持っている生物本能を発揮することが重要不可欠ということである。これを忘れることなく今後に生かされなければならない。
○忘れることもしなければ
 今年4月,ネパール国でも大震災が起きた。私はこの30年来,ボランティアとしてネパールで研修農場と,2校の学校運営に関わってきたが,その学校も残念なことに被災した。現在,修復費用を捻出する義援金を募って自力で復旧する計画を立てているが,ネパールは国自体も市民も貧しいので,被災者への支援は国からも一般市民からも無いに等しい。そのため彼らは親戚・知人に頼りながらも,自らの手で復旧作業に取り組んでいる。土と日干し煉瓦で造られている家屋が崩れた被災者は,家族総出で,自らの手で瓦礫の中から煉瓦を拾い出し,家を建て始めている。しっかり前を向いて生活の再構築をしているのである。彼らの話を聞くと,「地震は予想外のことで怖かった。しかし私たちは生きて行かねばならない。起きた地震は過去のこと,忘れる(・・・)こと(・・)にした。但し地震が起きた時のことや、地震の恐怖は子供達へしっかり教える。そして今度の経験を活かして家を急斜面に建てることはせず,さらに丈夫な安全に配慮した建物にする」と明るい顔で答えるのである。「忘れる」と言っても記憶をなくすることではなく,「過去を引き摺らない」ということであろう。
 東日本大震災に遭遇された被災者,とりわけ原発事故で未だに被災し続けておられる方々の心的,物的傷跡は,その甚大さからしても忘れられるものではない。しかし,今,多くの被災者の方々が,傷跡を引き摺ることなく,前を向いて歩んでいる。また国民の多くは被災者への同情,支援の念を持ち続けているし,国・県市町村も復興支援に努力している。そこで敢えて誤解を恐れずに言えば,肝心なことは過去を何時までも引き摺らず,過去を過去として忘れることも大切であるということである。そして前に向かう気持ちを強く持つことである。未来に向かっての人生計画を構築しない人に支援の手を,どう差しのべればよいのかが分からないからでもある。
「忘れることも大事」ということも忘れてはならないと思うのである。



 
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