有限会社 三九出版 - 花  筏


















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            〈花物語〉 花  筏

                    小櫃 蒼平(神奈川県相模原市)

 飛騨の丹生川にそそぐ,その支流の川上と川下が舞台のお話。
 初夏になると,川上の里に住むひとりのおとこ,日に一度,花筏(葉上に花が咲き,そのさま,花を乗せた筏に似る)の葉を川に流すのを習慣(ならわし)としていた。おなごが恋しいおとこは,無心の裡に花筏を恋文に仕立てて,たれともわからぬ相手に思いを届けるという遊びをしていたのである。その思いは相手に届いた。川下の里に住むひとりのおなごが,毎日毎日川のほとりに出ては,何時流れてくるかもわからぬ花筏の葉を楽しみにしていた。もちろんおなごは,花筏の葉が,おとこの切ない求愛の音信(たより)であることを知らなかった。おなごはその花筏の葉を,季節働きの出先で死んだあの世の夫の悵恋のたよりだと信じていたのだ。おとこもおなごも,ひそかにおのれひとりの夢を織っていたのである。
 それから何年か経って,里を捨てたおとこは都に上る途次,川下の里の,川岸の木蔭で一心に川面を見つめている,ひとりのおなごの傍らを足早に通り過ぎた。数日前から途絶えた花筏の葉を待ちつづけていたおなごは,自分のうしろを通りすぎるおとこが花筏の送り手であることに気づかなかった。この日を境に,おなごは花筏の発信人を失い,おとこは花筏に興味を失った。花筏は別称を〈ヨメノナミダ〉とも謂う。
 ――「花筏みどりの風に煽られる」



               

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