《自由広場》
不確実性の経済を考える・第6回
ケ イ ン ズ の「 美人投票 」
吉成 正夫(東京都練馬区)
ケインズの「美人投票」は予測がいかに難しいかの例として,よく新聞や雑誌のコラムなどに登場します。ケインズは次のように述べています。
「100人の写真の中から6人の美人を選び出す美人投票で,全投票者の平均に最も近い投票をした人が賞金を獲得するというゲームを考えます。このとき人々は,自分が美人だと思っている人に投票をするのではなく,平均的な考え方がどうなっているかをうまく当てようとします」(『一般理論』第12章「長期的期待の状況」)。この美人投票のシステムを金融資産や証券投資にそのまま置き換えたのが現在の株式市場です。「美人投票」は市場の不安定性を理解させるための比喩ですが,彼はまた現代資本主義が抱えている不安定性を次のように指摘します。
企業部門の生産条件は固定されています。ところが企業が発行する株式や負債は流動的です。一方が「固定」で他方が「流動」であることで,両者の間に緊張関係が生まれます。つまり,「企業の市場価格」と「企業の実質価値」がバラバラに動きがちであり,このことから資本主義経済に不安定性が生まれてしまうのです。
投資家は,将来の見通しが不確実な長期資産への投資はリスクが高いと躊躇します。そのような投資家を金融市場に呼び込むため,流動性を高めて,いつでも換金できるようにしています。今日までに,短期的な収益性を高めるためにさまざまな先物取引や金融派生商品が発達してきました。これに金融自由化とグローバル化が加わり金融資産の規模は実物資産の実に3倍にも達しました。
ケインズが洞察した「生産」と「金融」のギャップが生み出す不安定性は,80年を経た今日,一段と拡大し資本主義経済の不確実性を増幅させています。ここにケインズの先見性の素晴らしさがあります。
近年,わが国の運用理論の中枢を占めていたのは統計学や方程式を多用した「金融工学」的分析手法でした。実際のマーケットを観察していますと,これらの理論は現実の市場に適合していないのではないかとの疑念が湧いてきます。ケインズも,経済学は直観に反するようではならないと経済学に数学を多用することに反対しました。
その一方で,統計データを徹底的に活用分析して,現実の動きを丹念にフォローし将来を洞察しました。しかし数式や統計学を多用すると,経済活動を営んでいる人間に目がいかなくなります。人間は矛盾だらけで考え方もまちまちです。ですからあまりに論理性を追求すると「人間不在」になり,経営にブラックボックスを発生させることになりかねません。経営者は自社内で行っている金融取引のリスクを評価できず,専門家に委ねる結果,経営破綻に追い込まれるケースがいくつもありました。ケインズも,金融システムを複雑なものと捉えず,ごく普通の人間でも理解できる程度の単純な説明を好んでいました。その一例が「美人投票」です。
「長期の期待」は,将来起こる可能性が高いのは何か,だけでなく,その予想が「どれだけの確信を持っているか」にも依存します。今では株式市場への投資は毎日評価されますから,各人はその都度,投資の考え方を調整することができます。投資市場の制度や慣行が今のまま続いていくことが確実であるなら,投資家は遠い将来のことを思い煩うことなく,近い将来のニュースによってどのような変化が起こるかだけを予想し,そのリスクしか負わなくて済みます。このことは資本主義の安定性と密接な関わりをもちます。社会全体としては「固定的なもの」が,個々の投資家にとっては「流動的なもの」へと変換する。まるでマジックです。
一般大衆が株式の多くを保有していますが,彼らの大部分は経営や事業についての専門知識を持ち合わせていません。ですから,小さなニュースやわずかな意見の変化によって群集心理が働き,株価が大きく変動してしまいます。職業的投資家や投機家は,群集心理の影響を受けて変動する株価が3ヶ月先,1年先にいくらになるかだけを問題にします。そのようなことは投資市場が組織化されたことから必然的に起こる現象であるとケインズは指摘します。職業的な投資家同士が短期的な予想をめぐってゲームを繰り広げる。それは椅子取りゲームに等しく,その結果,株価決定は「美人投票」と同じメカニズムになってしまうのです。一国の資本蓄積がカジノの賭博場のような動きに左右されてしまいます。公共の利益という観点からは,賭博場にはできるだけ入りにくくし,税金や手数料を高くとれば投機性の高い取引は存在しえなくなるとします。元FRB議長のポール・ボルカーも国際金融取引に課税すべきだと言っていますし,トマ・ピケッティは,『21世紀の資本論』で,格差の拡大を防ぐために累積資本税を課すべきと主張しています。この点は,ケインズの主張と同じです。
不確実性の経済を考える・第6回
ケ イ ン ズ の「 美人投票 」
吉成 正夫(東京都練馬区)
ケインズの「美人投票」は予測がいかに難しいかの例として,よく新聞や雑誌のコラムなどに登場します。ケインズは次のように述べています。
「100人の写真の中から6人の美人を選び出す美人投票で,全投票者の平均に最も近い投票をした人が賞金を獲得するというゲームを考えます。このとき人々は,自分が美人だと思っている人に投票をするのではなく,平均的な考え方がどうなっているかをうまく当てようとします」(『一般理論』第12章「長期的期待の状況」)。この美人投票のシステムを金融資産や証券投資にそのまま置き換えたのが現在の株式市場です。「美人投票」は市場の不安定性を理解させるための比喩ですが,彼はまた現代資本主義が抱えている不安定性を次のように指摘します。
企業部門の生産条件は固定されています。ところが企業が発行する株式や負債は流動的です。一方が「固定」で他方が「流動」であることで,両者の間に緊張関係が生まれます。つまり,「企業の市場価格」と「企業の実質価値」がバラバラに動きがちであり,このことから資本主義経済に不安定性が生まれてしまうのです。
投資家は,将来の見通しが不確実な長期資産への投資はリスクが高いと躊躇します。そのような投資家を金融市場に呼び込むため,流動性を高めて,いつでも換金できるようにしています。今日までに,短期的な収益性を高めるためにさまざまな先物取引や金融派生商品が発達してきました。これに金融自由化とグローバル化が加わり金融資産の規模は実物資産の実に3倍にも達しました。
ケインズが洞察した「生産」と「金融」のギャップが生み出す不安定性は,80年を経た今日,一段と拡大し資本主義経済の不確実性を増幅させています。ここにケインズの先見性の素晴らしさがあります。
近年,わが国の運用理論の中枢を占めていたのは統計学や方程式を多用した「金融工学」的分析手法でした。実際のマーケットを観察していますと,これらの理論は現実の市場に適合していないのではないかとの疑念が湧いてきます。ケインズも,経済学は直観に反するようではならないと経済学に数学を多用することに反対しました。
その一方で,統計データを徹底的に活用分析して,現実の動きを丹念にフォローし将来を洞察しました。しかし数式や統計学を多用すると,経済活動を営んでいる人間に目がいかなくなります。人間は矛盾だらけで考え方もまちまちです。ですからあまりに論理性を追求すると「人間不在」になり,経営にブラックボックスを発生させることになりかねません。経営者は自社内で行っている金融取引のリスクを評価できず,専門家に委ねる結果,経営破綻に追い込まれるケースがいくつもありました。ケインズも,金融システムを複雑なものと捉えず,ごく普通の人間でも理解できる程度の単純な説明を好んでいました。その一例が「美人投票」です。
「長期の期待」は,将来起こる可能性が高いのは何か,だけでなく,その予想が「どれだけの確信を持っているか」にも依存します。今では株式市場への投資は毎日評価されますから,各人はその都度,投資の考え方を調整することができます。投資市場の制度や慣行が今のまま続いていくことが確実であるなら,投資家は遠い将来のことを思い煩うことなく,近い将来のニュースによってどのような変化が起こるかだけを予想し,そのリスクしか負わなくて済みます。このことは資本主義の安定性と密接な関わりをもちます。社会全体としては「固定的なもの」が,個々の投資家にとっては「流動的なもの」へと変換する。まるでマジックです。
一般大衆が株式の多くを保有していますが,彼らの大部分は経営や事業についての専門知識を持ち合わせていません。ですから,小さなニュースやわずかな意見の変化によって群集心理が働き,株価が大きく変動してしまいます。職業的投資家や投機家は,群集心理の影響を受けて変動する株価が3ヶ月先,1年先にいくらになるかだけを問題にします。そのようなことは投資市場が組織化されたことから必然的に起こる現象であるとケインズは指摘します。職業的な投資家同士が短期的な予想をめぐってゲームを繰り広げる。それは椅子取りゲームに等しく,その結果,株価決定は「美人投票」と同じメカニズムになってしまうのです。一国の資本蓄積がカジノの賭博場のような動きに左右されてしまいます。公共の利益という観点からは,賭博場にはできるだけ入りにくくし,税金や手数料を高くとれば投機性の高い取引は存在しえなくなるとします。元FRB議長のポール・ボルカーも国際金融取引に課税すべきだと言っていますし,トマ・ピケッティは,『21世紀の資本論』で,格差の拡大を防ぐために累積資本税を課すべきと主張しています。この点は,ケインズの主張と同じです。
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