《自由広場》
不確実性の経済を考える・第2回
私とケインズの「出会い」
吉成 正夫(東京都練馬区)
恥ずかしながら, 私はケインズについての知識を全く持ち合わせていませんでした。経済学といえば,アダムスミスの「自由放任」の流れを汲むフリ−ドマンの新古典派経済学です。それは自由主義,市場主義を理念とし,高等数学を駆使する均衡タイプの経済学で,あまりしっくりきません。まず人間不在です。それに数学の解は一つですが,社会やマーケットは多様です。そして複雑な数式で商品やシステムが構成されるとブラックボックス化して経営の目が行き届かなくなります。一方,発展途上国がIMFから融資を受ける条件である所謂「ワシントンコンセンサス」(「自由貿易」「民営化」「規制緩和」「財政均衡主義」「インフレターゲット政策」「変動為替政策」のパッケージ)の考え方のベースになっています。私からみますと,弱肉強食の論理で多様な発展段階にある国家に優しくありません。そうした疑念をまとめたいと考え,「不確実性の経済を考える」という大それたテーマで『本物語』に掲載することをお許しいただきました。原稿を書き始めた段階ではケインズのことは念頭にありませんでした。その後,岩井教授(国際基督教大学)の『経済学は何をなすべきか』(共著,日本経済新聞出版社)で「ケインズは不均衡動学の始祖である」との記述に出会い初めてケインズに興味を抱きました。
ケインズと言えば『一般理論』(正式には『雇用,利子および貨幣の一般理論』)です。さっそく挑戦しましたが全く歯が立ちません。やむなく宇沢弘文教授の『ケインズ『一般理論』を読む』を読んで何とか理解することができました。
宇沢教授は数学から経済学に転身したとき,ケインズの『一般理論』を読むように奨められ読み始めたそうですが,あまりの難解さに数ページしか読み進めなかったと述べています。後日,ケインズの後継者の第一人者と目されているリチャード・カーン氏に,「一般理論」をどう理解したらよいかと聞いたところ,氏の返事は「自分は昨年(1978年)初めて『一般理論』を読み通したが,『一般理論』の書き方は全くひどい。一体何を言い,何を伝えようとしているのか私には全く理解できない」というものだったそうです。ケンブリッジ大学では,「オーラル・トラデッション」(語り継ぎ)が伝統になっていて,『一般理論』は素人判りするように書かれていないそうです。専門家向けの「つぶやき」ということでしょうか。納得。そして一安心です。
ケインズは,現代資本主義がもともと不安定性を内包していると述べます。その不安定性が経済を不確実性化します。この不確実性は,古典派が主張しているように,市場機構を効率的に運用すれば解決できるものではなく,かえって不安定性が高まると主張します。
そこでケインズをもっと深く知りたいと思い,何冊か関連の図書を読みました。R・スキデルスキーの『ケインズ』(岩波書店,2009.10.7)および『なにがケインズを復活させたのか? 副題:ポスト市場原理主義の経済学』(日本経済新聞出版社,(2010.1.20),『ケインズ説得論集』(J.M.ケインズ,日本経済新聞出版社,2010.4.20),『ケインズの予言(幻想のグローバル資本主義(下))』(佐伯啓思著,中公文庫,2014.3.25)等です。読むほどにケインズの偉大さと人物像にすっかり惚れ込んでしまいました。
スキデルスキーは,「ケインズ理論の核心は将来についての不確実性は避けがたいことであり,不確実性にウェイトをおいて考えるならば,経済学の研究方法ばかりではなく,人間活動の全ての面の理解に深い影響を与える」と述べています。
それにしても,ケインズの不確実性らしき考え方は,「美人投票」が引き合いに出される程度でまともに取り上げた記述は寡聞にして知りませんでした。これには,英国の経済学者ジョン・ヒックスがケインズの「一般理論」の考え方を,均衡論の枠組みの中で,IS‐LM曲線としてマクロ経済の理論モデルに定式化し,この考え方がアメリカ・ケインジアンとして流布され出したことにも原因がありそうです(宇沢教授)。はじめは,岩井教授の言葉に引き寄せられて,不遜にも寄り道のつもりでしたが,「不確実性の経済」の核心のかなりの部分はケインズにあると理解しました。
「一般理論」に導いてくださった宇沢教授はさる9月18日,86歳で亡くなりました。氏は,戦後の日本の混乱に危機感を抱き,数学科から経済学に転身します。数理経済学で数多くの業績を残します。やがて新古典派の枠組みを脱して,ケインズ経済学を含め視野を広げ,社会的な実践の中で「冷淡な頭脳」を「温かい心」に仕えさせる経済学へとつながって行きました。(9月29日付『日本経済新聞』,岩井克人「経済教室」より)。岩井克人,ジョセフ・スティグリッツなど多くの経済学者に影響を与えた氏のご逝去をお悔やみいたします(合掌)。
次回は「ケインズの人物像」を述べさせて頂きます。
不確実性の経済を考える・第2回
私とケインズの「出会い」
吉成 正夫(東京都練馬区)
恥ずかしながら, 私はケインズについての知識を全く持ち合わせていませんでした。経済学といえば,アダムスミスの「自由放任」の流れを汲むフリ−ドマンの新古典派経済学です。それは自由主義,市場主義を理念とし,高等数学を駆使する均衡タイプの経済学で,あまりしっくりきません。まず人間不在です。それに数学の解は一つですが,社会やマーケットは多様です。そして複雑な数式で商品やシステムが構成されるとブラックボックス化して経営の目が行き届かなくなります。一方,発展途上国がIMFから融資を受ける条件である所謂「ワシントンコンセンサス」(「自由貿易」「民営化」「規制緩和」「財政均衡主義」「インフレターゲット政策」「変動為替政策」のパッケージ)の考え方のベースになっています。私からみますと,弱肉強食の論理で多様な発展段階にある国家に優しくありません。そうした疑念をまとめたいと考え,「不確実性の経済を考える」という大それたテーマで『本物語』に掲載することをお許しいただきました。原稿を書き始めた段階ではケインズのことは念頭にありませんでした。その後,岩井教授(国際基督教大学)の『経済学は何をなすべきか』(共著,日本経済新聞出版社)で「ケインズは不均衡動学の始祖である」との記述に出会い初めてケインズに興味を抱きました。
ケインズと言えば『一般理論』(正式には『雇用,利子および貨幣の一般理論』)です。さっそく挑戦しましたが全く歯が立ちません。やむなく宇沢弘文教授の『ケインズ『一般理論』を読む』を読んで何とか理解することができました。
宇沢教授は数学から経済学に転身したとき,ケインズの『一般理論』を読むように奨められ読み始めたそうですが,あまりの難解さに数ページしか読み進めなかったと述べています。後日,ケインズの後継者の第一人者と目されているリチャード・カーン氏に,「一般理論」をどう理解したらよいかと聞いたところ,氏の返事は「自分は昨年(1978年)初めて『一般理論』を読み通したが,『一般理論』の書き方は全くひどい。一体何を言い,何を伝えようとしているのか私には全く理解できない」というものだったそうです。ケンブリッジ大学では,「オーラル・トラデッション」(語り継ぎ)が伝統になっていて,『一般理論』は素人判りするように書かれていないそうです。専門家向けの「つぶやき」ということでしょうか。納得。そして一安心です。
ケインズは,現代資本主義がもともと不安定性を内包していると述べます。その不安定性が経済を不確実性化します。この不確実性は,古典派が主張しているように,市場機構を効率的に運用すれば解決できるものではなく,かえって不安定性が高まると主張します。
そこでケインズをもっと深く知りたいと思い,何冊か関連の図書を読みました。R・スキデルスキーの『ケインズ』(岩波書店,2009.10.7)および『なにがケインズを復活させたのか? 副題:ポスト市場原理主義の経済学』(日本経済新聞出版社,(2010.1.20),『ケインズ説得論集』(J.M.ケインズ,日本経済新聞出版社,2010.4.20),『ケインズの予言(幻想のグローバル資本主義(下))』(佐伯啓思著,中公文庫,2014.3.25)等です。読むほどにケインズの偉大さと人物像にすっかり惚れ込んでしまいました。
スキデルスキーは,「ケインズ理論の核心は将来についての不確実性は避けがたいことであり,不確実性にウェイトをおいて考えるならば,経済学の研究方法ばかりではなく,人間活動の全ての面の理解に深い影響を与える」と述べています。
それにしても,ケインズの不確実性らしき考え方は,「美人投票」が引き合いに出される程度でまともに取り上げた記述は寡聞にして知りませんでした。これには,英国の経済学者ジョン・ヒックスがケインズの「一般理論」の考え方を,均衡論の枠組みの中で,IS‐LM曲線としてマクロ経済の理論モデルに定式化し,この考え方がアメリカ・ケインジアンとして流布され出したことにも原因がありそうです(宇沢教授)。はじめは,岩井教授の言葉に引き寄せられて,不遜にも寄り道のつもりでしたが,「不確実性の経済」の核心のかなりの部分はケインズにあると理解しました。
「一般理論」に導いてくださった宇沢教授はさる9月18日,86歳で亡くなりました。氏は,戦後の日本の混乱に危機感を抱き,数学科から経済学に転身します。数理経済学で数多くの業績を残します。やがて新古典派の枠組みを脱して,ケインズ経済学を含め視野を広げ,社会的な実践の中で「冷淡な頭脳」を「温かい心」に仕えさせる経済学へとつながって行きました。(9月29日付『日本経済新聞』,岩井克人「経済教室」より)。岩井克人,ジョセフ・スティグリッツなど多くの経済学者に影響を与えた氏のご逝去をお悔やみいたします(合掌)。
次回は「ケインズの人物像」を述べさせて頂きます。
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