有限会社 三九出版 - 円空―祈りのかたち


















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《自由広場》 
                     円空―祈りのかたち
                            田中 富榮(徳島県徳島市)

 2年前のことである。円空作品を紹介する企画「円空―祈りのかたち」が那賀町の相生森林美術館で開催。(平成24年10月6日〜11月25日まで)。徳島新聞に大きく載っている記事を見た途端,私は「円空さんに会いたい!」と心が躍った。森林美術館は県南部の山間に位置し,私が住む徳島市からはバスで片道2時間はたっぷりかかる道のりである。でもこの機会を逃したら,私が生きているうちにはもう二度と円空仏には出会えないだろうと思った。テレビで見たことがある円空さんの愛らしい仏たちの笑顔が目に浮かんだ。早速友達を誘い2人でちょっとした日帰り旅行気分を味わいながら出かけて行った。
 森林美術館は周囲を山に囲まれた丘の上にあり,澄みきった那賀川にかかる橋を渡ってゆるやかな坂を上ってゆく。色づき始めた紅葉の木々や小鳥たちのさえずりや,時季外れのあじさいが小さい紫色の花をつけているのにも心がなごんだ。
 近代的なしゃれた建物の美術館は平日だったし,町からも遠いせいか館内は静かで先客はたったの2〜3人だけだった。何だか円空さんに申し訳ない気がした。「円空さん,会いにきましたよ!」。ついに本物の円空仏を拝むことが出来たのである。室内にはずらりと仏さんたちが並んでいる。足を踏み入れた目の前に「大日如来坐像」の柔らかい微笑みのお顔が私たちを迎えてくださった。大日如来さんは真正面から見るより,少し左斜めから眺める笑顔が一層愛らしく,私の顔もほころんで二人して笑顔同士見つめ合ってしばらくそこに佇んで動けなかった。仏像は全部で50点展示されていた。心ゆくまでゆっくりと仏さんを拝観したが,最初に出会った大日如来さんのあの柔和な微笑みの横顔が私の心に強烈に焼き付いて,今も思い出す度に温かい情感が私の体を駆け巡る。
 円空作品は「なた」や「のみ」を大胆に使い,削り跡を残した野生美あふれる仏像が多いといわれているが,時を経て木に艶があり削られた線も角が取れて丸みが出ており,荒削りの仏さんの姿には見えなかった。どの仏さんもみんな温かい表情であり,人間味が感じられるし,いつまでも眺めていたいような安らかな気持ちにさせてくれた。
 本を紐解くと「円空は1632年に美濃国(現・岐阜県)で生まれたとされる。幼い頃出家したと思われるが,どこでどのような修業を積んだのかよくわからない。青年時代の円空に関する記録は何も発見されていない。寛文3年(1663)数え年32歳の時からようやく年表にあるごとく足跡が知れる」と書いてある。
 美術館の説明によれば円空さんは7歳の頃,実の母を洪水で失った。最初の仏像を彫ったのは33歳ごろといわれ,生涯に12万体の仏像を作るとの願を掛け,32歳ごろから全国を行脚する。その目的は,1)幼いころ長良川の水害で亡くした母の菩提を弔うため。2)わが身の煩悩を浄化し信心を深め,仏道を成就するため。3)病気,貧困,不作等で悩み苦しむ人々の心に平安を祈るため。北海道,関東,近畿などを巡り各地で仏像を彫って庶民に救いの手を差しのべてきた。疫病に悩まされたり,干ばつや日照り続きのために農作物が不作で食うや食わずで苦しんでいる人に希望の力をという,仏を彫る関わりの中で共に涙を流し苦しむ仏の誓願としての仏道実践であった。
 円空仏は人々に今も愛されている。それは円空さんの村人に対する優しさが仏に乗り移っているのである。最初はいかつい顔であった仏の顔がだんだん柔らかい人の心を和ませる笑顔に変わってきた。一本の丸太の木を半分に割り,「なた」で削りながら木の割れをそのまま使ったり,木の節に顔と手だけを彫ったり,素材の特長を生かして飾り気のない素朴な愛らしい味わい深い仏さんが生まれてくる。小さい木の破片にも仏を彫り,村人に与え,人々はそれを心のよりどころとして現在まで受け継がれてきた仏さんも並んでいた。
 また円空さんは短歌や書画も大変上手であり,走り書きのような字も,筆先でサッと軽く描いたような絵も実にすばらしかった。
 私の好きな円空さんの短歌を紹介します。 
  うれしさは なににつつまんけさの袖 かかる袂はゆたかなりけり
  これや此の くされるうききとり上げて 子守りの神と我はなすなり
  作りおく 此福(このふく)の神なれや 深山のおくの草木までもや
 よしあしも をのが心の閑かなる 思ふ心に神ぞ守る  
 バスに揺られて往復4時間の距離など何のその。たっぷりと円空仏に心が癒され安らかになった私達は「円空さん,慈悲の笑顔をありがとう!」と喜びあって今日一日の幸せを感謝した。

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