有限会社 三九出版 - 平 凡 な 死


















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【隠居のたわごと】
                        平 凡 な 死

                            小櫃 蒼平(神奈川県相模原市)

善公 お友達が亡くなってどのくらいになります?
隠居 まもなく半年になります。歳のせいか,このところ「死」についてよく考えます。若いころ,人間の死にはふたとおりしかないとおもっていました。ひとつは,名を挙げて若くして死ぬこと。もうひとつは,長生きしてリルケの『マルテの手記』の老ブリッゲ侍従のように周囲のものを辟易させながら死ぬこと……。
善公 そう都合よくはいかないとおもいますがね。
隠居 もちろん,じっさいは陋巷に老醜無慘の身をさらして,平均寿命を一歳と違えることなく,平凡な死を死ぬことになるのでしょうが……。ここまできたら,あたしはその平凡な死を,きっちり死にきってみようとおもう。おおかたの人間もまた,あたしと同様に平凡な死を希うだろう,と,そんなことを考えていたら,今年の長崎市の平和記念式典での安倍首相のあいさつをおもいだしました。
善公 あっしも新聞で読みましたよ。安倍首相のあいさつの冒頭部分が,昨年とほぼ同一の内容だったというものですね。(※)
隠居 6日の広島市での平和記念式典のあいさつも「昨年のコピペ(引き写し)」と指摘されたばかりだったというじゃありませんか。いまの安倍首相の姿勢がよくわかりますな。たまたまそうなったのだとしても,結果は同じ。原爆被災地の長崎(広島)に対する無関心が紋切り型の言葉の羅列――つまり偶然の一致を生んだのでしょうから……。いずれにしても長崎と広島の問題は,安倍首相にとって重要な問題ではないということです。
善公 歴代の首相のあいさつも,そんなもんだったんじゃありませんか?
隠居 あいさつにかぎっていえばそうかもしれません。しかし特定秘密保護法案の確定や集団的自衛権解釈の変更などの出来事と合わせ考えると,歴代首相と安倍首相とでは大きな違いがあります。国際政治学者の原彬久氏は「安倍さんは、祖父の『未完成交響曲』を遺産相続し、書き上げようとして居る」といっています。(※※)祖父,岸信介の遺産とは「占領下で作られた戦後体制の打破」 ― すなわち安倍首相のいう「憲法改正」や「対等な日米関係」,その具体的な意思表示としての集団的自衛権の行使を指します。さらにいえば原発再稼働,原発輸出などの促進。長崎や広島のひとびとにとって耐えられないことです。
善公 式典でハプニングがあったそうですね。
隠居 被爆者代表の城臺美彌子さんのあいさつのことですな。(※※※)式典でのあいさつは事前に市役所職員と詰めて考えたものを「原稿通り」に読むのが習わしだそうですが,来賓の政治家の姿を眺めているうちに,城臺さんは無性に怒りがこみあげてきて,予定されていた文面の一部を「今、進められている集団的自衛権の行使容認は、日本国憲法を踏みにじった暴挙です」という言葉に変更したそうです。これが引き金になったのか,式典終了後の被爆者5団体による首相への要望の場では,「(集団的自衛権について)丁寧に説明する努力をすることで必ず理解をいただけると思う」という首相の言葉に対して,「納得していませんよ」という声が上がり,それに対して首相が「見解の相違です」と答えるということもあったそうです。(※※※※)
善公 ところで突然ですが,先ほどうかがったご隠居の死に方と長崎(広島)の平和記念式典とはどんなかかわりがあるので……?
隠居 あたしは「平凡な死を,きっちり死にきってみようとおもう」といいました。考えてみると,長崎と広島の原爆被災者はいわば「異常な死」を死んだわけです。もちろん平常時でも納得できる死などありません。死はいつでも理不尽なものです。それでも平常時における自然死はだれもが「受け入れざるを得ない死」という意味で,納得できる「死」です。でも原爆による死は,人類がことによると立ち入ってはいけない領域の産物がもたらした死であり,死者たちを納得させることのできない死です。長崎と広島の原爆死者たちも,あたしのいう「平凡な死」を死にたかったとおもうのです。
善公 「納得していませんよ」には,そんな思いがあると……。
隠居 そうです。安倍首相の進める諸政策 ― 特定秘密保護法案の確定,集団的自衛権の行使容認,対中国の強硬姿勢の向こうには硝煙のにおいがします。平凡な死の遠のく足音が聞こえるようです。でもひとはみな平凡な死を死にたいのです。木村迪夫さんの詩集『わが八月十五日』所収の「祖母のうた」 ― 「にほんにひのまる/なだてあがい/かえらぬ/おらがむすこの ちであかい」(※※※※※)の怒りを覚えておきたい。
※資料:(※)(※※※※)朝日新聞(2014.8.10)  (※※)朝日新聞(2014.8.15)
         (※※※)(※※※※※)朝日新聞「ザ・コラム(大久保真紀・編集委員)」(2014.8.16)

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