《自由広場》
不確実性の経済を考える・第2回
経済学者の「経済予測」批判
吉成 正夫(東京都練馬区)
経済予測について経済学者が論評していますので,紹介します。
はじめにジョン・K・ガルブレイスです。氏は,私たちが若い頃,「大恐慌」(1958),「豊かな社会」(1960),「不確実性の時代」(1978),「バブルの物語」(1991)などの著作を通じてお世話になりました。身長2メートルを超し,全米経済学会の会長を務めたことがある文字通りの「経済学の巨人」です。94歳の時に「悪意なき欺瞞 ―誰も語らなかった経済の真相」(佐和隆光訳,ダイヤモンド社)を出版し,現代の経済のさまざまな矛盾を鋭く指摘しています。そのなかの「第八章 幻想が支配する金融の世界」で経済の将来予測についてバッサリと切り捨てています。
次に要約いたします。
「金融・財務の世界、銀行、企業財務、株式市場、投資信託、金融コンサルタントといった分野でまかり通っている欺瞞がある。それは『経済の将来動向、景況の悪化と改善について前もって知ることはできない』という明らかな事実である」 「数限りない予測がされているが、それを裏付ける証拠は何一つとしてない。あらゆる経済活動は、政府、企業、個人の不確かな行動の多様な組合せに依存している。そのほかに、技術、さまざまな分野の革新、その他の経済事象が予測不可能であり、経済への影響も不確かである」 「将来の経済予測はこれまで当たったためしがないし、今後とも経済予測が当たることはない」 「産業あるいは企業の財務の将来見通しについて語る専門家に、そんなことが分るはずがない。自分が分るはずがないということを、ご本人が分っていないのだ」 「専門家の予測に反論するのは至難の業である。たまたま予測が的中した過去の事例、仰々しい図表の提示、方程式、そして専門家の自信満々ぶりが並々ならぬ洞察の証のように思えてしまうからだ」。
実に手厳しい批判です。ただ経済界の泰斗の遺言ともいうべき貴重な経済学批判ではありますが,その先の議論を展開して頂きたかったと切に感じます。
さらにハーバード大学歴史学教授のニーアル・ファーガソン教授は著書「劣化国家」(東洋経済新報社,2013.10.3)のなかで,システムへのちょっとしたインプットが意図せぬ大きな変化を引き起こすことがあり「過去のデータをもとに、将来の行動を予測するのがほぼ不可能」と述べています。
私たちは経済活動やマーケットを分析するとき,自然科学や科学技術の驚異的な進歩に魅了されたこともあって,統計学や数式を多用することで論理性を追求してきました。しかし,素直に人間を観察してみれば,人間は実に多様であり,矛盾に満ちた存在です。このような人間を,一つの理論にまとめ上げて客観的な学問に仕立て上げることは難事業です。ですから現実から少しくらい離れても論理的思考を貫こうとする気持ちは理解できます。でも現実から乖離(かいり)した理論は破綻をまぬかれません。
宇沢教授(東京大学名誉教授,1997年文化勲章受賞)の「ケインズ『一般理論』を読む」によりますと,ケインズの一般理論は難解で,正当な評価を受けてこなかったようです。ケインズは「私はケインジアンではない」と言ったとも伝えられています。むしろ,ケインズこそ「不確実性の経済」を直視した経済学者かもしれません。
ところで,ここ20年くらいの間に,現実を直視しようとする新しい動きが芽生えてきました。一つは,「複雑系の科学」です。「複雑系」は物理学や生物学の世界から生まれた学問ですが,「複雑なものを複雑なまま科学する」という考え方は学際的な広がりをみせました。「脳の働き」,「免疫系」,「生物進化」,「昆虫のコロニー」,「気象現象」,そして「金融現象」にまで及んでいます。
これまで科学の考え方は,下位の階層を詳細に分析していく還元主義的なアプローチが主流でした。しかしどこまで行っても真理に到達できませんでした。むしろ階層と階層の間の関係や変動性のなかに謎解きの鍵があるのではないかと発想を大転換し,「複雑なものは複雑なまま観察し科学する」という考え方が抬頭してきました。1984年にアメリカのニューメキシコ州サンタフェに複雑系の科学のメッカである研究所が設立されて,多くの業績を残しています。
第二の潮流は,「行動経済学」ないし「行動ファイナンス」です。2002年に心理学者のダニエル・カーネマンがノーベル賞を受賞しました。これは意思決定や信念が形成されるときの人の心のバイアス(歪み)を研究する学問で,経済学にも大いなる刺激をもたらしています。(この「行動ファイナンス」に関しては後述します。)
次は,宇沢教授による「ケインズの経済理論」,および複雑系の科学から見るマーケットの考え方をご紹介いたします。
不確実性の経済を考える・第2回
経済学者の「経済予測」批判
吉成 正夫(東京都練馬区)
経済予測について経済学者が論評していますので,紹介します。
はじめにジョン・K・ガルブレイスです。氏は,私たちが若い頃,「大恐慌」(1958),「豊かな社会」(1960),「不確実性の時代」(1978),「バブルの物語」(1991)などの著作を通じてお世話になりました。身長2メートルを超し,全米経済学会の会長を務めたことがある文字通りの「経済学の巨人」です。94歳の時に「悪意なき欺瞞 ―誰も語らなかった経済の真相」(佐和隆光訳,ダイヤモンド社)を出版し,現代の経済のさまざまな矛盾を鋭く指摘しています。そのなかの「第八章 幻想が支配する金融の世界」で経済の将来予測についてバッサリと切り捨てています。
次に要約いたします。
「金融・財務の世界、銀行、企業財務、株式市場、投資信託、金融コンサルタントといった分野でまかり通っている欺瞞がある。それは『経済の将来動向、景況の悪化と改善について前もって知ることはできない』という明らかな事実である」 「数限りない予測がされているが、それを裏付ける証拠は何一つとしてない。あらゆる経済活動は、政府、企業、個人の不確かな行動の多様な組合せに依存している。そのほかに、技術、さまざまな分野の革新、その他の経済事象が予測不可能であり、経済への影響も不確かである」 「将来の経済予測はこれまで当たったためしがないし、今後とも経済予測が当たることはない」 「産業あるいは企業の財務の将来見通しについて語る専門家に、そんなことが分るはずがない。自分が分るはずがないということを、ご本人が分っていないのだ」 「専門家の予測に反論するのは至難の業である。たまたま予測が的中した過去の事例、仰々しい図表の提示、方程式、そして専門家の自信満々ぶりが並々ならぬ洞察の証のように思えてしまうからだ」。
実に手厳しい批判です。ただ経済界の泰斗の遺言ともいうべき貴重な経済学批判ではありますが,その先の議論を展開して頂きたかったと切に感じます。
さらにハーバード大学歴史学教授のニーアル・ファーガソン教授は著書「劣化国家」(東洋経済新報社,2013.10.3)のなかで,システムへのちょっとしたインプットが意図せぬ大きな変化を引き起こすことがあり「過去のデータをもとに、将来の行動を予測するのがほぼ不可能」と述べています。
私たちは経済活動やマーケットを分析するとき,自然科学や科学技術の驚異的な進歩に魅了されたこともあって,統計学や数式を多用することで論理性を追求してきました。しかし,素直に人間を観察してみれば,人間は実に多様であり,矛盾に満ちた存在です。このような人間を,一つの理論にまとめ上げて客観的な学問に仕立て上げることは難事業です。ですから現実から少しくらい離れても論理的思考を貫こうとする気持ちは理解できます。でも現実から乖離(かいり)した理論は破綻をまぬかれません。
宇沢教授(東京大学名誉教授,1997年文化勲章受賞)の「ケインズ『一般理論』を読む」によりますと,ケインズの一般理論は難解で,正当な評価を受けてこなかったようです。ケインズは「私はケインジアンではない」と言ったとも伝えられています。むしろ,ケインズこそ「不確実性の経済」を直視した経済学者かもしれません。
ところで,ここ20年くらいの間に,現実を直視しようとする新しい動きが芽生えてきました。一つは,「複雑系の科学」です。「複雑系」は物理学や生物学の世界から生まれた学問ですが,「複雑なものを複雑なまま科学する」という考え方は学際的な広がりをみせました。「脳の働き」,「免疫系」,「生物進化」,「昆虫のコロニー」,「気象現象」,そして「金融現象」にまで及んでいます。
これまで科学の考え方は,下位の階層を詳細に分析していく還元主義的なアプローチが主流でした。しかしどこまで行っても真理に到達できませんでした。むしろ階層と階層の間の関係や変動性のなかに謎解きの鍵があるのではないかと発想を大転換し,「複雑なものは複雑なまま観察し科学する」という考え方が抬頭してきました。1984年にアメリカのニューメキシコ州サンタフェに複雑系の科学のメッカである研究所が設立されて,多くの業績を残しています。
第二の潮流は,「行動経済学」ないし「行動ファイナンス」です。2002年に心理学者のダニエル・カーネマンがノーベル賞を受賞しました。これは意思決定や信念が形成されるときの人の心のバイアス(歪み)を研究する学問で,経済学にも大いなる刺激をもたらしています。(この「行動ファイナンス」に関しては後述します。)
次は,宇沢教授による「ケインズの経済理論」,および複雑系の科学から見るマーケットの考え方をご紹介いたします。
投票数:60
平均点:10.00
ポルトガル滞在記(その4) |
本物語 |
夏 本 番 |