有限会社 三九出版 - 「似指」と「おだいじ」


















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                    「似指」と「おだいじ」
                            松井 洋治(東京都府中市)

 神聖なるこの「本物語」に,このような一文が掲載されようとは,「実に嘆かわしいことだ!」というお声が,書き始める前から,早くも聞こえてくる気もするが,敢えて書かせていただきたい。
 ごく最近,古い資料ファイルの,全く別の資料の間に挟まった形で見つかった「新聞」の日付は,1988年(昭和63年)1月24日(日)となっているから,今から26年も昔のものである。
 その前日に全国各地で一斉に行われた「国公立大・共通一次試験の問題と正解(国語) 」という記事が掲載された新聞を,今は亡き九州の父が送ってくれたもので,父81歳,私が46歳の時の話である。
 当時17歳で大学受験を控えていた次男宛ではなく,私宛になっている上,試験問題の一箇所に赤鉛筆で傍線が引いてある。その問題は,「(前略)子どものくびれたももに挟まっている五分瓢(ごぶひょう)ほどの綺麗(きれい)な似指〈これにも「フリガナ」がついているが,ここでは伏せておく〉の先はまだ湿っていた。(後略)」という志賀直哉の小説「出来事」の一節を読んで,後の問いに答えよ…というもの。
 そして,父による赤の傍線は,その「似指」の2文字に付けられていたのだ。
 はたして,当「本物語」愛読者の方々で,「似指」が直ぐに読める方がいらっしゃるであろうか?
 正解は,発見した新聞と一緒にゼムクリップで止めてあった,その数日後の「よみうり寸評」の文章で,紹介させていただこう。
 『チンポコを「似指」と表記するとは知らなかった。国公立大共通一次・国語テストの読解問題に、そのようにルビ付きで出ていた。そんな懐かしい言葉を発見して、受験生はニヤリとしたか、それとも、そんな余裕はなかったか。(以下略)』
 「雑学博士」を自他共に認めていた父も,さすがに「チンポコ」を「似指」と書くとまでは知らなかったようで,添えられた手紙には「志賀直哉が勝手に考えた造語ならぬ造字(象形宛字?)であろう」と書かれていた。
 話が下(しも)の方になって恐縮だが,恐縮ついでにこの「似指」について考察(?)してみると,医学的には「陰茎」だが,一般的には「男根」とか「魔羅(まら)」(これは僧侶たちの隠語らしい),そして「芋」「竿」「息子」,また幼児語(?)としては,「ちんぽ」「ちんぼ(う)」「ちんこ」「ちんぽこ」「ちんちん」「おちんちん」など,地方によって少し ずつ違いがあるようだ。
そういえば,白洲正子の名随筆「かくれ里」(新潮社・刊)には,『油日神社には、珍しいお人形がある。「ずずいこ様」という。写真で見られる通りのあられもない格好だが、そういうものにとらわれずに見れば、大変味のいい、力強い彫刻で…』という一文とともに,たらいに素っ裸で巨大な「似指」を出して座った神様の写真が添えられている。更に白洲正子の文章は『古い農村の行事には、公開をはばかられるものが多い。が,それを一概に無邪気とか猥雑とはいえないのであって、豊穣の祭りには、必ずこのような性の身ぶりがつきまとう。田を耕す、種を蒔く、丈夫な稲が実る、そういうことを身体で真似ぶのは、神聖な行為であり、豊作のためのお祝い(おまじない)でもあった。』と続く。この「かくれ里」は何度も読み直しているが面白い。
 最後に,私の知る限りでは,私の亡き母だけが使っていたと思われる「似指」の呼び方をご紹介しよう。それは「おだいじ」である。物ごころついた時から,母からは「おだいじを,そんな汚い手でさわっちゃだめでしょう」とか「早くパンツをはきなさい。タオルから,おだいじが顔を出してるよ」などと言われながら育った。
 もちろん,近所の仲間と遊びながら「立ちション」をした時などに,よその子は(よその家では)ほとんどみんな「ちんぽ」と呼んでいることも,誰も「おだいじ」などとは言わないことも知ってはいたが,何故か母には(なおさら父には)訊けないままで成長し,一年浪人した後,大学に入るため親元を離れ上京した。
 その頃には,母の言っていた「おだいじ」が,多分「お大事」の意味であることにも,気がつく歳になっていた。
 特に確かめてみたこともないが,母方の従兄弟たちとも,一緒に旅行をしたり,泳いだりしたが,「おだいじ」という言葉は一度も聞いた記憶がないし,これまでに読んだ小説などでも,「おだいじ」にだけは出会ったことがない。母にも,もう訊けない。





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