有限会社 三九出版 - 守りたい「戦後民主主義」の価値


















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〔後生に告ぐ!〕
                  守りたい「戦後民主主義」の価値
                            荒巻 浩明(東京都世田谷区)

 人は往々にして「苦労して手にしたものは大切にするが,安易に手に入れたものはおろそかにする」傾向がある。子供の頃遊んでいて,親戚から貰った(当時としては高価な)野球のグローブを忘れて失くしたことがあった。その時は親に叱られて替わりのものは買って貰えず, 自分でお金を貯めて安いグローブを買って使っていたが,それは大人になるまで使っていた覚えがある。このことは「もの」について言えるだけでなく,「精神」というか「ものの考え方」にも言えることだと思う。
 70有余年を生きてきた自分を振り返って,「後生に告ぐ」と言えるような格別の教訓があるわけではない。ただ,今の日本人は世界の他の国・地域に比べて精神的にも物質的にも恵まれた環境にあると思うが,それを可能としている条件がある。今の日本の若い人達に忘れられそうになっているのは,その条件となっている「考え方」であり,そのことには注意を促したいと思う。
 第二次大戦後,日本人の生活や政治・経済のあり方の基本にあった考え方は,「民主主義」(いわゆる「戦後民主主義」)である。戦後の教育を受けた者にとって,平和と民主主義(自由と平等が保障された)社会は,空気のように当然の存在となっている。こうした理念は, 欧州や米国では歴史のなかで国民が様々な権力の主体(王政や教会,地主)との戦いを通じて獲得したものだが,日本の場合は戦勝国である米国によってもたらされた「与えられた民主主義」であった。それゆえ,その意義や重要性に対する認識は充分とは言えず,「有難み」も忘れられ勝ちとなる。その結果,戦後民主主義や戦後教育の行き過ぎや弊害が指摘されることも少なくない。
 しかし考えてみると,戦後70年間近く維持された平和主義によって世界各国から平和国家日本の存在が認識され,国際的な信頼の範囲や経済活動の領域も拡大した。同時に,民主的な手続きによって選ばれた政府による自由主義的な経済政策は,国と国民の経済の繁栄をもたらすのに役立ってきた。
 翻って過去の歴史を振り返ると,第1次世界大戦発生の1914年から第2次大戦発生の1934年までの時代を「危機の二十年」と呼び,その背景等を分析した英国の政治歴史学者E・H・カーは,この時代の特色を「国民国家樹立を目指したナショナリズム(国家主義)台頭期」と指摘している。
 こうしたなかで遅れてスタートした日本も世界的な経済不況の影響もあり,近代化を急いで実現するため「富国」を目指し,「強兵」政策を採った。そしてこの考え方を強化するナショナリズムを賞揚する教育が重視された。このことが後の軍部の勢力とその影響力拡大の正当化を招き,満州への進出と「満洲事変」から日中戦争へとつながったことと無関係ではない。この政策を「止むを得ざる」選択とする見方もあるが,この政策続行の過程で別な選択を用意する可能性もあったことは,検討してみる余地はあった。
 近年の世界情勢をみると,長年続いた米国主導の状況(パックスアメリカーナ)が米国の政治・経済力退潮と途上国,特に中国の発展を契機として後退の兆をみせ,再び各国のナショナリズムや資源獲得競争の動きが強まっている。当時と似た情勢が再現されようとしているようだ。
 こうしたなかにあって日本はどのような方向を選択したらよいのだろうか。
 ここで注意しなければならないのは,戦後民主主義の批判と併せて民主主義の教育を否定し,愛国主義教育への指向を強めようとする動きがあることである。そこにはナショナリズムの強調と併せて,戦前の軍国主義化と戦争責任を否定しようとする考えも含まれていることである。海外の主要国が,日本の保守政治家による「戦後体制からの脱却」の主張に不安感を持ち始めているのは,この主張にそうした含意が窺われるからであろう。こうした流れのなかで,最近,戦後制定された日本の「憲法」に対する改定の議論も出ている。時代の動きに対応して,それに即応した改定が行われることは間違ったことではない。ただそうした国の方向付けを考えるうえで,戦後の日本の発展を可能としてきた民主主義と平和主義を尊重する「民主主義の基本的な価値」を大切にすること,そして「民主主義の手続」に従って充分議論を尽すことは忘れられてはならない。
 それは「自分の足元を見つめ自らの頭で考えること。自分の考えを持ち,それを表明していくこと(だから選挙には行こう)。自分と違った立場の考え方とは徹底的に議論すること」である。こうした個人の態度こそ私たちが,戦後民主主義の教育のなかで学んだ重要な「価値」に他ならない。そしてこのことは,権力の強化により強行することではなく,時間をかけて実現していくことである。




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