有限会社 三九出版 - 〈花物語〉   水  仙


















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                     〈花物語〉   水  仙

                           小櫃 蒼平(神奈川県相模原市)

 水仙は,ギリシヤ語ではナルキッソス,フランス語ではナルシス,花言葉は「自己愛,自己主義」。 その伝承のよるところは,よく知られているギリシヤ神話である。あらゆる求愛を拒み,水に映る自分の姿に恋して死んだナルキッソス。火葬の準備の間に亡骸が消え,あとに残ったのは白い花びらと黄色い花冠をもった一輪の水仙だったと謂う。
 ところで,わたしの所蔵する室町時代に書かれたという奇譚の写しのひとつに,「双児の草子」というのがある。
 ― 昔むかし,出雲の国のさる所に,美しい顔をもった双児の若者がいた。余人には互いの見分けがつかなかった。噂を聞いて,近郷はもとより遠国からも娘婿にと大勢のひとが尋ねてきた。ふた親は若者の倖せ考えて,日夜おなご選びに懊悩した。だがふたりは無関心。森で遊び,川で戯れ,部屋で仲よく書を繙いた。何をするときにもこのふたり,相手の顔を見つめては切ない吐息を漏らすのだった。つまりふたりは相手に恋をしていたのだ ― 自分の顔に恋しているとも知らずに。禁断の恋に狂ったふたり,やがてひとりは森で縊れて,ひとりは川に身を投げて死んだ。ふたりを偲ぶおなごの泪の跡に咲いたのが水仙,というのが話のオチ。
 よく見ると群生している水仙は,一見他を呼び合うように咲いていると見えるが,つねに俯いておのれの姿しか見ていない。

*参考:『ギリシア・ローマ神話ものがたり』(コレット・エスタン,エレ
ーヌ・レボルト/多田智満子監修/創元社)


               

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