有限会社 三九出版 - 〈花物語〉 水 引 草


















トップ  >  本物語  >  〈花物語〉 水 引 草
                     〈花物語〉 水 引 草

                           小櫃 蒼平(神奈川県相模原市)

 詩人の立原道造は, 「夢はいつもかへつて行つた 山の麓のさびしい村に/水引草に風が立ち/草ひばりのうたひやまない/しづまりかへつた午さがりの林道を」とうたった。かれが愛した信濃追分には敬愛する堀辰雄と仲間たちがいた。かれにとってはときどき「灰を降らした」浅間山とともに,水引草もまたやさしい仲間だったにちがいない。
 わたしも水引草の花が好きだ。細い花軸に赤い小花が点々と咲くさまを紅白の水引に見立ててその名がついたものだが,日蔭の山道の野草の間で,雨だれのような赤い花をつけた水引草はひときわ目だった。
 そのころ − 高校三年生のころ − ,わたしは山と段々畑に囲まれた貧しい田舎町で,家の貧しさに物質的・精神的に追いつめられて,毎日鬱々として暮らしていた。自分の将来にまったく目途の立たなかったわたしは,学校が終わると目的もなく山道や野原を歩きまわった。樹々の花,野草,鳥たちがわたしの慰めだった。とりわけ水引草の花の咲く秋,その花を尋ねての散歩は何にもましてこころが癒された。
 ある一日,わたしは陸上競技部のTに誘われて,はじめてC市の陽炎遊郭(仮名)に遊んだ。顔はもう覚えていないが,おんなが「ここは夢の行き止まり」とつぶやいたのを覚えている。
 先の詩の中で道造も書いている ― 「夢は そのさきには もうゆかない」と。

  ※「夢はいつも……」(「のちのおもひに」/杉浦明平編『立原道造詩集』
岩波文庫)
     

               

投票数:47 平均点:10.00
前
「七十代の使命」って?
カテゴリートップ
本物語
次
三度目の秋を迎えて

ログイン


ユーザー名:


パスワード:





パスワード紛失