有限会社 三九出版 - 花物語〉 蓮 の 花


















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                     〈花物語〉 蓮 の 花

                           小櫃 蒼平(神奈川県相模原市)

 子供のころ,わたしは蓮と睡蓮の区別がつかなかった。蓮は根茎から長い花茎を出してその先端に花をつける。睡蓮は葉を水面上にうかべ,花もまた水面上に浮かぶように咲く。蓮は仏教と縁が深く,極楽浄土に往生した者が座る蓮華の座を「蓮の台(うてな)」という。また,睡蓮は画家のモネが数多くの傑作を残したことでもよく知られている。
 小学生のころ,母に連れられてよく上野動物園に行った。帰りに不忍池の弁財天の祠にお参りし,夏であれば蓮の花を眺めるのが母の楽しみだったが,子供であったわたしのこころはすでに浅草公園の花屋敷や松屋デパートのアイスクリームに思いが飛んでいて,わたしにとっては弁財天も蓮の花も退屈な道草以外のなにものでもなかった。
 太平洋戦争の末期,わたしは母の在所に戦時疎開した。そこは房総半島の中央にある小さな農村で,村の其処彼処に蓮田があり,蓮の花は身近なものになった。われわれは蓮の花を〈河童の帽子(しゃっぽ)〉といって頭に翳して遊んだ。
 ある朝のこと,われわれがよく遊んでいた蓮田で,同級生の弟が死んだ。事故ということだったが,原因はわからなかった。かれが〈蓮の台〉に座れたかどうかはわからないが,ただ弟とよく喧嘩していた同級生は,
その日から笑顔を見せることが尠くなった。「白蓮やはじけのこりて一二片」―そうしてまもなくわれわれの子供時代が
終わった。

□  ※「白蓮や……」(飯田蛇笏/『山本健吉 基本季語五〇〇選』講談社学術文庫) □     


                

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