有限会社 三九出版 - 『ゴスペル(音楽の楽しみ)』


















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『ゴスペル(音楽の楽しみ)』

大野 寛機(愛知県名古屋市)

十数年前ニューヨークへ行った時,マンハッタン北部のハーレムにある教会の日曜礼拝に参加した。当時「ハーレムは治安が悪く,観光客は行くべきではない」といわれていた。廃墟と化した建物にはペンキの落書きが塗りたくられ,薄汚れたビル周辺は犯罪の臭いがする街であった。
しかし,その日は建物とか周囲とは対照的に,黒いスーツの男性,つばの広い帽子で着飾った女性,晴れ着姿の子供達で活気づいていた。自分達の教会へ集まっていくためである。その教会は塔のある,高い天井の荘厳な建物ではなく,ビルの中にあるものである。そこでの集会は当初はリーダー(神父)が喋っているのか,叫んでいるのか,そのうち歌になり,リーダーが数人になり,信者全員が歌いだし,更には手拍子が入り,キーボードが加わり,大合唱になっていく。歌というのか,叫びというのか,踊りというのか,熱狂そのものであり,信者の中には失神する人も出る。
「深い河」「ジェリコの戦い」など黒人霊歌を想像していたが,そんな整ったものではなく,知らない曲ばかりではあるが,声量といい,リズムといい,音楽を通り越したもので,強烈な光景に圧倒された。これが本物のゴスペルか,コンサートやショーではなく身体から出てくる,心の叫びかもしれない。神に祈る,歌う,踊り捲る姿が最初は異様に見えていたが,しだいに喜びに溢れる表情に見えてきた。「楽器などの演奏の中で音楽表現が最も芸術性の高いものは声楽である」それは人の感情がストレートに表現できるからである――学生時代のグリークラブにいた頃,そう信じて男性合唱活動をしていたが,その時,まさにこれだと確信がもてた気がした。それ以来,黒人霊歌,ゴスペル,ジャズはますます気に入ったジャンルになった。そして,黒人の人々に親しみをもつようになったのが不患議であった。
その後,時代が変わり,ハーレムの街も大きく変わって治安が良くなったと聞くが,黒人達の魂の歌声は変わることがないのではないか。
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