有限会社 三九出版 - ふる里大槌と兄の思い出


















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 ☆東日本大震災☆    ふる里大槌と兄の思い出

                           
                            山崎 正敏(岩手県一関市)

 私のふる里は岩手県大槌町。陸中海岸国立公園の一部に属し,海岸は沈降地形の典型的なリアス式海岸で,その中に大槌湾,吉里吉里海岸,さらに返す波がない「片寄せ波」でサーフィンのメッカとしても有名な浪板海岸等,周りを海と山に囲まれた自然豊かな町,それが大槌です。
 最近はTVのCMでNHKの人形劇「ひょっこりひょうたん島」の「苦しいこともあるだろさ 悲しいこともあるだろさ だけどぼくらはくじけない 泣くのはいやだ笑っちゃおう」の歌とともに出てくる小島のある町。この島は「蓬莱島」といいます。かつて釜石に住んだこともある故井上ひさしさんの作。この島はひょっこりひょうたん島のモデルといわれております。この町の吉里吉里地区は同じく井上ひさしさんの小説「吉里吉里人」(1981年)のモデルとなった町でもあります。
 しかし,東日本大震災のマグニチュード9.0という巨大地震と大津波や火災により町は壊滅的な被害を受けました。その人的被害は平成25年3月1日現在大槌町の発表によれば行方不明者433人を含め合計で1281人に上っております。
 大槌の市街地に立つと眼前に広がる風景には目を疑います。そこにはかつての賑やかな町並みはなく夜は真っ暗闇の変わり果てた姿を晒しております。あの日から2年余りの時が過ぎましたが,被災地の風景は復興にはほど遠い状況にあります。
 私の兄はこの町の中心部の末広町で「ミルキー」という商号でギフトショップなどを営んでおりました。兄は地域の子どもたちから「ミルキーのおっちゃん」と呼ばれて親しまれておりました。私の実家でもある店舗兼住宅も基礎のみを残し流失,焼失し,大切な兄もあの日以来行方不明のままです。しかし,私は未だに兄が亡くなったことに確信が持てず,確かな証を見るまではどこかで生きていて欲しい,生きていておくれと祈るような思いで毎日を過ごしております。兄は読書家でものを書くことが好きな人で,その触手は大槌に古くから伝わる民話や伝承の収集にも凝縮し,これを後世に伝えるべく町の此処彼処に眠っている民話などの採集に情熱を傾けておりました。その成果として1984年12月に「ふるさとからの贈り物――わたしのエッセー」(国立国会図書館ID00148304)と題する本を,2001年には「陣屋遊び」と題する本をそれぞれ自費出版しました。陣屋遊びはかつてテレビもない時代にこの地方の子どもたちによって盛んに行われていた遊びでした。
 また,兄は吉里吉里地方で歌い継がれてきた子守歌を未来の子どもたちに残そうと楽譜に書き起こして,ギター1本抱えて小学校などに出向いてその弾き語りを通してその普及活動に努めておりました。ここに,吉里吉里地方の子守歌の歌詞を記します。
「ねんねろねろねろ ねんねろやーえー ねんねろねろねろ ねんねろやーえー
 ねんねろねろ子守を誰がかもったーあー 誰もかまわねが ねずぐりだーあー
 ねんねろねご(猫)のけっつ(尻) がにっこ(蟹っこ)がはさんだーあー
 おかちゃん(お母さん)とってけろ まだはさんだーあー
 あれに見えるは誰の嫁だーあー 吉里吉里善兵衛さん まご(孫)は嫁だーあー
 ねんねろねろねろ ねんねろやーえー ねんねろねろねろ ねんねろやーえー」
 そしてまた大槌は新巻鮭発祥の地としても有名です。町の中を流れる大槌川の支流に大槌川鮭鱒人工孵化場があり,ここで鮭の卵を孵化し稚魚を放流すると,その鮭は数年間海で大きく育ち再び大槌川に帰ってくるのです。その大槌川も孵化場もあの大震災によって壊滅的な被害を受けました。 兄はこの鮭川に一編の詩を残しております。
 「大槌川(鮭川)の詩――カムバックサーモン」
 清らかな流れ大槌川 鮭の子は旅に出る ふるさとの川あとにして長い長い旅
 に出る 四年たったら必ず帰ってくるのだと小さな心に誓いながら 広い広い
 海へ出る いくたびか嵐に出遭い いくたびかふるさとを想う いくたびか春
 にめぐり逢い いくたびかふるさとの夢をみる なつかしいふるさとが待って
 いる 思い出の川が待っている カムバックサーモン 帰っておいで カムバ
 ックサーモン ふるさとの川をめざして
 私は「苦界と忍土」(宮沢賢治の童話「二十六夜」)といわれるこの世の中で,期せずして思い半ばで逝った方がたのことを忘れることなく,そして生きとし生けるものはみなこの自然界の中で生かされているとの思いを噛みしめながら,思いやりの心をもって共に生きてゆきたいものとの思いを新たにいたしております。
 この大震災で思い半ばにして逝った多くの御霊よ安らかに眠らんことをと祈りつつペンを擱くことといたします。――合掌――




 
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