有限会社 三九出版

　☆東日本大震災☆　　　　今回の巨大津波は“想定外”か

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 　菊地 文武（宮城県山元町）

　●市町村誌にも記載されている貞観巨大津波と慶長三陸巨大津波
　日本は，火山国・地震国です。絶対に事故を起こしてはならない原発の立地には，地震や巨大津波なども念頭に，建設可否の判断をせざるを得ません。そのためには，その近辺での活断層の有無などの調査で，直下型地震発生の可能性を探るだけでなく，自然災害史の検討から，数百年に一度と言える巨大津波や火山噴火などによる自然災害にも目を向けるべきでした。過去の災害に関しては，どの自治体も発行している『（何々）町地誌』の巻末などに記載されています。
　宮城県，福島県などの市町村誌には，最近，初めて知られたかのように報道された「貞観11年（869年）の巨大津波」や「慶長16年（1611年）の三陸巨大津波」についても，何百年も前からの文字による伝承を転載しています。これら全国の市町村誌はすべて国会図書館に集められているはずです。
【貞観巨大津波や慶長三陸巨大津波が市町村誌に記載されている例】
○『亘理町誌』（宮城県亘理町）
　貞観巨大津波：陸奥国大地震……家屋倒壊、圧死者多し、津波、城下（多賀城）に迫り、溺死者千余人。
　慶長三陸巨大津波：伊達領内、人1,783人、牛馬85頭溺死す。津波は岩沼付近（海岸から約３?）に達す。
○『原町市誌』（福島県原町市）
　貞観巨大津波：海水城下（多賀城）に至り，溺死者1,000名
　慶長三陸巨大津波：三陸地方で強震。津波に被害大。相馬領の死者700名
※別の記録には，相馬中村の北側，黒木地区の海岸から約５?の辺りまで，津波が襲来したとの記録があります。
※相馬市誌や山元町誌にも，慶長三陸巨大津波の記載がありました。
●巨大津波の予測
　これら公刊されている町誌，市誌と，高校生が地理や地学で学習しているプレート・テクトニクス理論（〔注〕を参照ください），そして，地形学や地質学の研究者らが調べた弥生時代以前の巨大地震の痕跡などに関する発表などを重ね合わせると，東日本太平洋側での巨大地震・巨大津波の予測は，かなり正確に発表できたはずです。そして，500年に一度であっても絶対に起こしてはならなかった原発事故への対応（事故防止措置）も，今回とは違っていたと思われます。
　震災後，やっと，弥生時代以前にまで遡っての巨大津波発生についての地形学研究者らによる研究成果が報道されるようになりました。東日本太平洋での巨大津波の発生周期に関しては，500年周期説が有力になりました。それは大震災により，活断層や巨大津波痕跡の研究成果を社会が受け入れやすくなったことによると思われます。
〔注〕プレート・テクトニクス……太平洋プレート（海洋底）が一定の速度で日本海溝に向かって移動し，沈み込むことなどを総合的に整理した理論。30年ほど前から，高校の地理・地学の教科書や地図帳に記載されている。
●想定外
　私は，今回の巨大津波で自宅が全壊し避難所暮らしを経験したことから，本誌35号に，その様子などを執筆させて頂いた者です。2001年まで高校の地理教師でした。授業では，毎年，「世界の大地形」に関しての単元で，地図帳巻末の図などで，「火山・地震・海溝・海洋底の移動は，セット」と説明してきました。しかし，大津波については，三陸での甚大な被害を紹介しながらも，海岸平野での巨大津波の可能性に触れることはありませんでした。現に，私が「貞観11年の巨大津波発生」を新聞紙上で知ったのは2009年の頃で，亘理町誌の災害年表でその事実を確認したのも，その後間もなくの時期でした。また，慶長16年の巨大津波について知ったのは今回の大震災以後でした（新聞紙上および亘理町誌）。
　自然災害に関しての理論は，歴史上の出来事と結びつけることで実証できるのですから，大津波を災害史からも把握しようとする発想がなかったのは，授業担当者として大変まずかったと言えます。「自然の理と人間の活動の関わり」を教える立場にある地理教師は，もっと災害史にも目を向けるべきでした。また，原発の安全性に関わる官僚・政治家・電力事業者らは，なおさら，活断層・地震・津波などの災害史に目を向けるべきでした。近頃，“想定外”という言葉が流行っています。「さしあたりの生活での利便性追求」に目が行き過ぎて，大切なものを見失ったように思えます。