有限会社 三九出版 - 〈花物語〉 枯 芙 蓉


















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                     〈花物語〉 枯 芙 蓉 

                           小櫃 蒼平(神奈川県相模原市)

 枯芙蓉は花や葉を落とした後の秋芙蓉の枯れ姿である。枝先に残った黄土色の実がときに風に音を立てる姿には寂しい風情がある。しかし寂しいが哀れさはない。その孤影は,たとえれば悟りではない,清々しい断念の美しさに包まれた女,あるいは枯淡な貌の裡に過ぎし日の華やぎを隠す女,を思い出させる。たしかに盛りの日に「薄命の美女」にたとえられた面影はないが,見る者を深い幽愁に駆り立てた日々を生きた者が,その誇りだけを恃みに滅びゆく美しさがそこにはある。それを静謐な〈夕暮〉とよんでもよい。「何人の即身仏や枯芙蓉」。
 別なところで「芙蓉」を取り上げたときに,私は両親に苛め殺された奈奈子という実在した少女に酔芙蓉を取り合わせた。 「鬼の児」とよばれた醜女の少女と「薄命の美女」にたとえられる酔芙蓉との組み合わせで,ひとりの少女の残酷な〈運命〉を際立たせたかったのである。しかし私がほんとうに書きたかったのは,少女と束の間の時間を生きた私が,こころの深部に澱のように抱えていた悔恨 ― 少女を救うことができなかった,あの日以来の〈停止した時間〉というものの残酷さだった。ひとつの「断念」を生きた少女 ― 「この花きれいやろ,酔芙蓉や。寂しそうなところが好き」と言った,いつも明るく,身に備わった不幸を怨むことなく生きた少女の行き着いた姿を,いま私は枯芙蓉にみている。


※「何人の……」石川みのる(現代俳句協会『現代俳句歳時記』学研)
                 

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