有限会社 三九出版 - ありがたいお接待の心


















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《自由広場》 
                    ありがたいお接待の心

                            武田 喜治(東京都杉並区)

 現役時代に四国勤務した折にふとしたきっかけからお大師さんと出会うきっかけがあった。 気がつけばもう21年も前のことである。 年齢的には40代の後半であった。お大師さんの人となりや生き方などに共感できるところが少なくなかったので四国八十八箇所をマイカーで3回巡った。その後定年退職して自由な時間が得られるようになったので,ベストシーズンの春と秋に「一国参り」の「歩き遍路」の旅を楽しんでいる。現在三巡目で来春から四巡目にはいる。あるお遍路さんが言うには「車で3回回って今度は歩いてみようと思って歩いてきたけれど,言えることは車を10とすれば歩きは100だね。ぜんぜん違う。マメができて足は痛むけれども歩いて本当に良かったと思う」と言う。たしかにお遍路の基本は歩くこと。しかも「同行二人」と言ってお大師さんと一緒に歩く,つまり専ら一人で歩くこと。四国の豊かな自然の中を「歩く」ことによってお遍路は自然のすばらしさにふれる。これまでの人生を見つめ直すチャンスを得る。今まで知らなかった自分を知る。人生の意味を知る。そしてそれは「生きることは何か」ということにつながっていく。このようにお遍路の魅力は,出会いの旅,気付きの旅といわれるように,遍路道を「歩く」ことにある。
 出会いの旅と言えばお接待。お遍路をしていてすべての人が一様に経験し,びっくりすることはお遍路さんに対するお接待という風習である。お接待とはお遍路さんが通りかかるとパンやお菓子,果物などの食べ物や冷たい飲み物などを手渡し,お接待を受けたお遍路さんはそのお礼として自分の「納め札」を渡すならわしとなっている。そしてお遍路さんからもらった「納め札」を俵に入れて天井からつるしておくと「魔除け」になるとされている。
 東京のある女子大生2人が春休みを利用して四国遍路を試みた。そのレポートによると「お遍路の体験は新鮮だった。道中で見ず知らずのおばさんが追いかけてきてお金を渡してくれたりジュースをふるまわれたりした。さらに家に泊まってゆけといわれてただで泊めてもらったばかりではなく,夕食や朝食までごちそうになった。そういったことは予期していなかっただけに現地の人々のお遍路に対する親切で優しい対応に感激した。四国にはお接待という習慣がある。みかんやジュースや食事などから車での送迎,金品,宿泊までとその方法はいろいろである。お接待する側にとってお接待したお遍路さんが自分の願いを代わりに届けてくれると考えられているので現在でも盛んに行われている」と彼女たちは分析している。
 このようにお接待の方法は一様ではなく,必ずしも財物とは限らない。親切な道案内や小中学生による「お遍路さん,こんにちは」「お遍路さん,お気をつけて」というあいさつも立派なお接待である。そして何よりもその心がうれしい。
 お接待が行われる動機としては次のように指摘されている。?苦行する遍路びとへの同情心 ?善根を積み功徳を得たいという大師信仰 ?身代わり巡拝を頼む気持ち?接待返し ?先祖の供養などである。四国の人々によれば,「お接待って,自分達にもうれしいこと。善根は功徳にもなるし,お遍路さんが自分の代わりに参拝してくれる。それに先祖の供養にもなる」と,あたかもお接待できることを感謝しているかのようだ。
 ある善根宿のホームページには「お四国の原点」として次のように記されている。「むかしお遍路さんは一日に3軒以上他家の門前に立ってお経(般若心経)をあげなければならなかった。そのこと以外に報酬はなかった。接待所はそうしたお遍路さんにうどん,お菓子,お茶などを差し上げる場所であり,善根宿は無料でお泊めする宿なのです。こうしたネットワークがお四国の原点なのです」。たしかに,たとえお大師さんを慕って遠く離れた四国を訪ねることができたとしても,その当時の貧しい経済状態や約2か月を要する長い旅程を考えれば, 温かい地元の人々のお接待という物質的,精神的な支援なしにはお遍路は実現できなかったに違いない。お接待は「差し出す人といただく人とが一緒になって描く作品」であって,お接待を受けて感謝すべきはお遍路自身であることは言うまでもない。大切なことはお接待を受けた人がお接待の心をしっかりと受け止めることである。
 「利他の心」に基づいた親切なお接待を受けると,感謝の気持ちで一杯になり,とりわけ歩き疲れて喉が乾いている時に思いがけずに冷たい飲み物のお接待を受けると心身が蘇るように思われる。四国には人と人とが心底から喜びあえるものがある。自己中心的,利己主義的傾向が一層強まるわが国の現代社会において四国に伝わるお接待という風習ほどすばらしいものはない。

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