有限会社 三九出版 - 真夜中のかき揚げうどん


















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《自由広場》 
                    真夜中のかき揚げうどん

                           伊澤 逸平(東京都世田谷区)

 時計を見ると間もなく午前零時になろうとしている。私は無性にかき揚げうどんが食べたくなり,全く落ち着かない。この時間にかき揚げうどんなんかを食べればカラダに良くないことは分かっている。たっぷり油を吸いこんだかき揚げがうどんの上に乗っているのだ。体重は間違いなく増え,メタボラインを超える。しかし,私は台所に立ち,玉ねぎを薄切りにし,お隣から頂いたシラウオを入れ,よくかき混ぜたてんぷら粉と合わせる。あとはキツネ色にカラッと揚げるだけだ。うどんは「冷凍の讃岐うどん」,だしは「京風だしの素」を使う。薬味のネギをきざみ,どんぶりを温める。かくしてカミサンが寝静まった真夜中にひとりでかき揚げうどんを食らう。これが旨い。
 私は今年で71歳になった。サラリーマン生活を大過なく終え,今は自由時間を存分に楽しんでいる。振り返ってみると仕事以上に食べることに興味があった。今年94歳になる母はこの子は子供の時から食べることにゴチャゴチャ言って嫌な子だったと未だに言う。そのせいか下宿のご飯が苦手で学生時代の4年間は自炊で通した。それが今も続き,いそいそと台所に立つのだ。
 たまにカミサンは仲間と海外旅行に出かける。10日間前後私はひとりになる。普通カミサンが出かけるとき一番のネックは旦那の食事である。「俺のメシはどうするのだ。」と言われると奥さんは二の足を踏んでしまう。しかし私のカミサンは全く心配しないで颯爽と出かけて行く。冷蔵庫にカレーや手作り惣菜がぎっしり詰まっているということはまずない。しかし,私は動じることもなければ不満もない。私はカミサン以上に台所上手と自負している。家庭料理,手料理が得意なのだ。
 最近こんな男は珍しくもなく自慢にもならないが,私にはこれしか自慢できるものがない。余計なお世話を承知で,全く台所に縁のない諸兄に台所作法を伝授したい。まず小手調べ。家庭料理の基本調味料は「さしすせそ」といわれる。砂糖,塩,酢,醤油,味噌であることは分かるが,これが我が家のどこにあってその残量がどの位かお分かりであろうか。これが全く分からない方は私のお節介を受ける資格十分ありと言える。もちろん,これだけでは不十分で日本酒,サラダ油,オリーブ油,みりん,ソース,バター,ケチャップ,マヨネーズ,こしょう,鷹の爪,カラシなんかも欲しい。これに小麦粉,パン粉,片栗粉,鰹節,昆布なんかは必需品となる。これらがどこにあり,あなたの采配で切れ目なく補充されていれば合格。あなたは十分に台所の達人となっているはずだ。さらに常備品としては玉ネギ,人参,ジャガイモといった基本野菜に牛乳,卵なんかが切らさずあればほぼ完璧と言える。あとは肉,生きのいい魚,旬の野菜を調達してくれば大概の家庭料理は作れる。
 次は何を作るかだ。最初に挑戦するならレシピどおり作ればいい。多少煮すぎたり炒めすぎたりするがあまり気にしない。野菜や肉だって口に入る程度に適当に切れば十分である。あきらめずに,まず得意料理を一品ものにすることだ。家族には我慢してもらい,2〜3回同じものを作ってみる。間違いなく上達し,「俺ってセンスあるかも」と勘違いする程度にはなる。一品がマスターできればあとは応用,どれを作ってもそう違うものではない。残り物の野菜を使ってさらに一品作れれば,気分はもう板さんである。
 実りの秋。どんな野菜も旨い。秋茄子なんか最高である。しっかりと食べるなら「ナスと豚肉のとろみ炒め」なんかお薦めである。まず,みじん切りにしたニンニク,ショウガ,鷹の爪を炒め,取り出す。ここに片栗粉をまぶした豚バラ(200グラム)を入れ,次いでザク切りにしたナス(5本)とピーマン(3個)を入れ炒める。少ししんなりしたところにドロリとした味噌ダレ(醤油大3,酒大2,砂糖大2,赤みそ大2)を入れ,ザァーと混ぜ合わせて出来上がりである。ご飯もすすむし,酒にも合う。
 こんな面倒をしなくともデパ地下に行けば何でもパックで売っているといわれる。手軽にプロの味を楽しめ,台所も汚れないし,時間の節約にもなるという。正にそのとおりで反論の余地がない。料理は裁縫と同じように今に「趣味の世界」になると言う方までおられる。「作るなんて時代遅れよ。」とバッサリである。しかし,人は太古の昔からその国,その地方,その家で料理を作り,世代を繋いできた。食は文化にも通ずる。そんなにあっさりと捨ててしまっていいのだろうか。健康で食が楽しければそれだけで幸せで,趣味の世界もまた無限に広がると信じている。今日もまた作っては食べる一日が過ぎようとしている。

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