有限会社 三九出版 - 〈花物語〉 秋   桜


















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                     〈花物語〉 秋   桜 

                           小櫃 蒼平(神奈川県相模原市)

 長野県の松本から安房トンネルを抜けて岐阜県の高山に出る道の ―どの辺りになるのかいまはもうわからないが ― 両側に百メートルほど秋桜が植えられていた。多くもなく少なくもなく,しぜんに咲き出たかのような秋桜を見たいというだけで高山まで出かけた。わたしはそのさりげなさで高山道(みち)のコスモス街道が好きだった。
 高山道のように白色,淡紅色,深紅色が入り交じって咲きつらなるのもよいが,都会の小さな野原や家の庭の片隅に,ときには路傍に1,2本,なぜそんなところにという具合に咲いているのを見ると,こころが和ませられる。山口百恵の「秋桜」という歌は,あす嫁ぐ娘の母親への思いをうたったものだが,小春日和の庭に揺れる秋桜がふたりにやさしい彩りを添える。でも秋桜のやさしさはときにひとをたまらなく寂しくさせる。だからそんなときひとのやさしさに遭うと,わたしはひどく狂暴になる。なぜなら〈やさしさ〉の中には〈哀しみ〉があるからだ。
 秋桜が咲くと,もう秋だ,という思いでせつなくなる。「アカルサハ、ホロビノ姿デアラウカ。人モ家モ、暗イウチハマダ滅亡セヌ」 ― 秋桜にはどこか〈滅び〉へのいざないを秘めた明るさがある。與謝野晶子の「心中をせんと泣けるや雨の日の白きこすもす赤きこすもす」も,そんな一面を納得させる歌である。

   ※「アカルサハ、……マダ滅亡セヌ」(「右大臣實朝」/『太宰治全集』 第六巻』/筑摩書房)
   ※「心中をせんと……」(『花ごよみ』杉本秀太郎/平凡社)
                   

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