私の中の懐かしの映画
橋本 恭明(埼玉県小川町)
私は少年期を戦後の荒廃した下町浅草で生きた。復興にはほど遠く人々も町並みも混沌としていたが,何時の頃からか父に連れられてロック街で映画を良く観たものだ。例えば,「子鹿物語」(クラレンス・ブラウン監督)は開拓時代のフロリダの厳しい自然の中で,生活を支えるため11歳の少年が可愛がっていた子鹿をやがて殺さなければならない。少年の苦悩が胸に迫った。「鞍馬天狗」のシリーズは,大抵《杉作》という子供がある危機に陥り,その時必ず紫頭巾の鞍馬天狗が颯爽として馬に乗って登場,杉作を助ける時代劇。 「ターザン」ではジャングルの中で動物達と仲良く暮らすターザン(ジョニー・ワイズミラー)が木々の蔦を伝って「ア〜ア〜ア〜」と叫びながら動物達と共に悪人たちと戦う。映画の面白さに強く魅かれていった。
中学生になって観た「姿三四郎」(主役 藤田進)には驚いた。柔道家の生死をかけた壮絶な戦いが描かれ,その迫力と強さに憧れて,柔道部に入ったこともあった。何とこの映画の監督が黒沢明だった。その後,1950年代から60年代には映画に夢中になって,観る度にパンフレット・映画雑誌などを集め,大学時代には映画理論や映像芸術・音楽・監督・脚本・俳優などについて仲間とよく議論したものだ。卒業を真近に控え,集めた雑誌等を破棄したが,ある時その一部を発見。以下その中から記憶に残っている《懐かしの映画》を挙げてみる。
「ローマの休日」(1953,オードリー・ヘプバーン主演・アカデミー賞主演女優賞,ウィリアム・ワイラー監督)。「尼僧ヨアンナ」(1960,ポーランドの新進イエジー・カワロレウイチ監督)。「蜜の味」(1961,英国アカデミー賞,トニー・リチャードソン監督)。「去年マリエンバードで」(1961,ベニス映画祭グランプリ賞,アラン・ロブ・グリエ監督)。ヨーロッパの映画界・文壇から注目を浴びる。この作品に協力したアラン・レネエは,アンチロマンの旗手として映画芸術に新しい世界を開いたといわれる。彼には原題を「広島の24時」という作品があり,被爆体験をした日本人青年とナチの迫害を受けたフランス女性との戦争体験を基にした愛と絆が感動的だった。「ワルソー・ゲットウ」(1961,ポーランドの首都ワルソーのユダヤ人居住地区でナチが行った残虐行為をナチが撮影したフイルムに,虐殺から逃れた人々の証言を加えた長編ドキュメンタリー,フレデリック・ロシフ監督)。「女と男のいる舗道」(1962,『勝手にしやがれ』でヌーベル・バークの鬼才といわれたジャンルック・ゴタール監督,ベニス映画祭特別賞)。
以下は,雑誌・パンフレット等から引用する。「人間」(新藤兼人監督・17回芸術祭グランプリ賞,太平洋を59日間漂流,死と対決する4人の人間像)。「人間の条件」(1965,深夜興行第一部〜第六部一挙上映)池袋人世座で煎餅をかじりながら徹夜で観た。主役 仲代達也の迫力が凄まじく,ラストシーンは余りに悲愴で美しい。
「日本映画代表作品集」(銀座並木座,この案内には無法松の一生・七人の侍・ビルマの竪琴・野火・生きる・また逢う日まで・笛吹川が紹介されている)。「キネマ旬報」(1963,2月号)には62年の日本映画・外国映画ベストテンが挙げられ,「映画芸術」「記録映画」(記録映画作家協会)「アートシアター」(日本アートシアターギルド発行,名画を数多く上映した日劇文化・新宿文化などの評論誌)などを見ると映画論・映像論・時代や思想と映画の表現芸術論が鋭く展開されている。以下,今なお鮮明に記憶に残っている映画の題名だけでも挙げておきたい。戦艦ポチョムキン・カサブランカ・誰がために鐘は鳴る・地下水道・灰とダイアモンド・シェルプールの雨傘・屋根・自転車泥棒・サウンドオブミュージック・禁じられた遊び・風と共に去りぬ・道・黒いオルフェ・恐怖の報酬・手錠のままの脱走・シェ―ン・真昼の決闘・エデンの東・理由なき反抗・五つの銅貨・二十四の瞳・原爆の子・キューポラのある町・学校……
ほとんどの映画は歴史・戦争・平和・国家・民族・社会・文化・家族等を根底としてその中で生きる青春・愛・ヒューマニズム・怒り・抵抗・希望・挫折・悲しみ・喜び等がテーマとなって,人々の生き様・生きる力が見事に描かれている。最近になって,心を揺さぶられた作品には「戦場のピアニスト」「善き人のためのソナタ」「塀の中の中学」などがある。
また,「ウォーターボーイズ」(2000,矢口史靖監督・妻夫木聡主演,アルタミラ・ピクチャーズ制作)は,私の中の《懐かしの映画》の最も身近なものとなった。私の勤務先であった男子高校水泳部が行う文化祭での男のシンクロナイズドスイミングがモデルとなって制作された学園青春物語で, 映画も毎年の文化祭も大変な人気となった。(本稿は2002年3月K高校図書館報掲載「懐かしの映画 小史」を修正加筆した。)
橋本 恭明(埼玉県小川町)
私は少年期を戦後の荒廃した下町浅草で生きた。復興にはほど遠く人々も町並みも混沌としていたが,何時の頃からか父に連れられてロック街で映画を良く観たものだ。例えば,「子鹿物語」(クラレンス・ブラウン監督)は開拓時代のフロリダの厳しい自然の中で,生活を支えるため11歳の少年が可愛がっていた子鹿をやがて殺さなければならない。少年の苦悩が胸に迫った。「鞍馬天狗」のシリーズは,大抵《杉作》という子供がある危機に陥り,その時必ず紫頭巾の鞍馬天狗が颯爽として馬に乗って登場,杉作を助ける時代劇。 「ターザン」ではジャングルの中で動物達と仲良く暮らすターザン(ジョニー・ワイズミラー)が木々の蔦を伝って「ア〜ア〜ア〜」と叫びながら動物達と共に悪人たちと戦う。映画の面白さに強く魅かれていった。
中学生になって観た「姿三四郎」(主役 藤田進)には驚いた。柔道家の生死をかけた壮絶な戦いが描かれ,その迫力と強さに憧れて,柔道部に入ったこともあった。何とこの映画の監督が黒沢明だった。その後,1950年代から60年代には映画に夢中になって,観る度にパンフレット・映画雑誌などを集め,大学時代には映画理論や映像芸術・音楽・監督・脚本・俳優などについて仲間とよく議論したものだ。卒業を真近に控え,集めた雑誌等を破棄したが,ある時その一部を発見。以下その中から記憶に残っている《懐かしの映画》を挙げてみる。
「ローマの休日」(1953,オードリー・ヘプバーン主演・アカデミー賞主演女優賞,ウィリアム・ワイラー監督)。「尼僧ヨアンナ」(1960,ポーランドの新進イエジー・カワロレウイチ監督)。「蜜の味」(1961,英国アカデミー賞,トニー・リチャードソン監督)。「去年マリエンバードで」(1961,ベニス映画祭グランプリ賞,アラン・ロブ・グリエ監督)。ヨーロッパの映画界・文壇から注目を浴びる。この作品に協力したアラン・レネエは,アンチロマンの旗手として映画芸術に新しい世界を開いたといわれる。彼には原題を「広島の24時」という作品があり,被爆体験をした日本人青年とナチの迫害を受けたフランス女性との戦争体験を基にした愛と絆が感動的だった。「ワルソー・ゲットウ」(1961,ポーランドの首都ワルソーのユダヤ人居住地区でナチが行った残虐行為をナチが撮影したフイルムに,虐殺から逃れた人々の証言を加えた長編ドキュメンタリー,フレデリック・ロシフ監督)。「女と男のいる舗道」(1962,『勝手にしやがれ』でヌーベル・バークの鬼才といわれたジャンルック・ゴタール監督,ベニス映画祭特別賞)。
以下は,雑誌・パンフレット等から引用する。「人間」(新藤兼人監督・17回芸術祭グランプリ賞,太平洋を59日間漂流,死と対決する4人の人間像)。「人間の条件」(1965,深夜興行第一部〜第六部一挙上映)池袋人世座で煎餅をかじりながら徹夜で観た。主役 仲代達也の迫力が凄まじく,ラストシーンは余りに悲愴で美しい。
「日本映画代表作品集」(銀座並木座,この案内には無法松の一生・七人の侍・ビルマの竪琴・野火・生きる・また逢う日まで・笛吹川が紹介されている)。「キネマ旬報」(1963,2月号)には62年の日本映画・外国映画ベストテンが挙げられ,「映画芸術」「記録映画」(記録映画作家協会)「アートシアター」(日本アートシアターギルド発行,名画を数多く上映した日劇文化・新宿文化などの評論誌)などを見ると映画論・映像論・時代や思想と映画の表現芸術論が鋭く展開されている。以下,今なお鮮明に記憶に残っている映画の題名だけでも挙げておきたい。戦艦ポチョムキン・カサブランカ・誰がために鐘は鳴る・地下水道・灰とダイアモンド・シェルプールの雨傘・屋根・自転車泥棒・サウンドオブミュージック・禁じられた遊び・風と共に去りぬ・道・黒いオルフェ・恐怖の報酬・手錠のままの脱走・シェ―ン・真昼の決闘・エデンの東・理由なき反抗・五つの銅貨・二十四の瞳・原爆の子・キューポラのある町・学校……
ほとんどの映画は歴史・戦争・平和・国家・民族・社会・文化・家族等を根底としてその中で生きる青春・愛・ヒューマニズム・怒り・抵抗・希望・挫折・悲しみ・喜び等がテーマとなって,人々の生き様・生きる力が見事に描かれている。最近になって,心を揺さぶられた作品には「戦場のピアニスト」「善き人のためのソナタ」「塀の中の中学」などがある。
また,「ウォーターボーイズ」(2000,矢口史靖監督・妻夫木聡主演,アルタミラ・ピクチャーズ制作)は,私の中の《懐かしの映画》の最も身近なものとなった。私の勤務先であった男子高校水泳部が行う文化祭での男のシンクロナイズドスイミングがモデルとなって制作された学園青春物語で, 映画も毎年の文化祭も大変な人気となった。(本稿は2002年3月K高校図書館報掲載「懐かしの映画 小史」を修正加筆した。)
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