有限会社 三九出版 - mini ミニJIBUNSHI  人生を変えた老夫婦との出会い


















トップ  >  本物語  >  mini ミニJIBUNSHI  人生を変えた老夫婦との出会い
                     人生を変えた老夫婦との出会い
                            小林 英世(東京都港区)

 人生は,よく航海に例えられます。その航海は多くの出会いによって彩られたり大きな変化をもたらしたりするものです。人間にとっての最初の出会いは,両親であり兄弟,家族かもしれません。私の父は,農林水産省の役人で海外出張が多く姉妹三人と私は,ほとんど母親一人の手で育てられました。当時,お手伝いさんがいたほどですから,経済的には裕福なほうだったようです。母は体があまり丈夫ではありませんでしたが,男一人であった私には特別な愛情をかけてくれました。
 昭和20年の終戦のとき,私は10歳でした。シンガポールから帰国した父を迎えて家族6人戦後の動乱期にもかかわらず,何不自由無く恵まれた青年期を過ごしました。大学卒業後に,ある商事会社に入社しましたが5年後に退社,その後独立工事会社を設立しました。高度成長期の波に乗り,順調に業績を伸ばすことが出来ました。結婚もし,一人娘ですが子供にも恵まれ順風満帆です。恐れるものは何もない状況ですが気になっていることは,長年妻がリュウマチを患っていたことと高齢で寝たきりの母がいることでした。しかし妻の苦しんでいる姿を見るのが嫌で病院に入院させ,母の方は介護人を雇い見舞いに行くこともほとんどありませんでした。今から思うと,仕事一辺倒の私は慢心を起こし,人間の心を失っていたようです。バブル景気に陰りが見え出した平成4年,長年苦しんでいた妻が亡くなりました。享年60歳です。もっと思いやりのある看病が出来たのでは,と悔いが残りました。悪いことは続くもので,その翌年,ほとんど病気したことがない私が急性心筋梗塞で倒れました。医者から「後1時間遅れたら命がなかったよ」と言われたときは,血の気が引く思いでした。2ヶ月で退院はしましたがその後の経過が悪く,翌年の平成6年には,心臓バイパスの手術を行いました。8時間半の大手術でしたが大成功し,この時ほど生かされていることを実感したことはありません。3ヶ月で退院しましたが,父の死後10年間頑張っていた母が亡くなりました。「少しばかり長生きしすぎたわね。迷惑ばかりかけてごめんね」が母の最後の言葉でした。寂しかったんだろうと涙が止まりませんでした。家内の死,母の死,そして私の病気等,今までの生き方に何か間違いがあったのでは,と感じていました。私は浅はかにも気分の一新と今までの流れを変えようと,長年母が住んでいた家を建替えし娘家族と同居を考えました。平成10年に完成し,娘家族も大変喜んで入居し楽しく生活をスタートして間もなく,私の体に変調が現れました。手が震え足が硬直し,歩くことさえ侭ならない状態でした。病院に行くと「パーキンソン」という原因不明の難病であることがわかり,愕然としました。病気治療等のため,会社経営も思わしくなく,平成11年,倒産に追い込まれました。完成したばかりの家も手放すことになり,これまで築いてきた全てが音を立てるように崩れていきました。死を考えたのもこの時でした。「自分の光が消えてしまうことがあっても,他者との出会いによって炎のごとき光が再び灯されることがある」これは,アルバート・シュバイツアーの言葉です。2年ほど前のことでした。いつものバス停で待っていると,一組の老夫婦の会話を耳にしました。何気ない会話ですが,なんとも微笑ましく互いを思いやる暖かさに満ちていました。私はその瞬間暖かい太陽の光が差し込んだように心が躍りました。一度お会いしたいと思いましたが,その後バス停では会うことはありませんでした。ところが数日後,偶然にも同じバスに乗り合わせました。思わず私のほうから声をかけていました。時間をとって頂き,私の考え思いのたけをぶつけるように語りました。じっと,耳を傾けてくれたその人は「人は何のために生きるのか,それは幸福になるためです。幸せになる条件はどんなことがあっても諦めない心で強い自分を作ることしかありません。人間は無限大の可能性を持っています。心ひとつで人生を変革できます。」この言葉を聞いたとき,人生は心ひとつで変えることが出来ると強く確信しました。失くした物がたくさんあった人生でしたが,今人生で最も大切なものは何かを知りました。 その最も大切な宝を手にしたように思います。残りの人生を,今日を出発点として頑張って行こうと思っています。
 私はいくつかの病気をもっています。病気をしたからこそ病気の人を力強く励ますことが出来るのです。絶対に負けない心を持つこと,そして生き生きと前へ進んで行く。人生の勝敗は途中では決まらない,最後に勝つ人が真の勝利者だと思います。私の病パーキンソンもこの2年間で左手の震えがほとんど無くなりました。治らないといわれていた病が治るのです。奇跡を私が起こします。そして偶然に出会った老夫婦との出会いを大切にして行きます。私も人生の最終章に来ていますが,みんなの幸せのため全力上げて頑張って行こうと思います。
投票数:55 平均点:10.00
前
☆特別企画☆東日本大震災 光明と不安を感じつつ
カテゴリートップ
本物語
次
mini ミニJIBUNSHI  私の中の懐かしの映画

ログイン


ユーザー名:


パスワード:





パスワード紛失